菓子街道を歩く

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川越 龜屋 小江戸の菓子と美を伝えて

川越観光を象徴する蔵造りの町並み。1893年に起きた大火後、防火を考えた商人たちがこぞって蔵造りの商家を建て、この景観が生まれた。国の重要伝統的建築物群保存地区。


江戸が香る町

 都心から電車で1時間ほど。埼玉県川越市は、江戸時代に徳川家ゆかりの大名が治める城下町として、また北関東の物資を江戸に供給する舟運の拠点として繁栄した商都である。
 その繁栄は維新後も続き、明治26年(1893)の川越大火のあと一斉に建て替えられた蔵造りの商家が建ち並ぶ風景は、今も圧巻の迫力で訪れた人々を驚かせる。
 豪壮な瓦屋根、黒漆喰の壁、2階に設けられた観音開き扉……。武家の気風と大商人の心意気を映したような商家の佇まいには、東京が震災と戦災で失った江戸の栄華が香る。
 また、ユネスコ無形文化遺産になった「川越まつり」も、神田明神や赤坂日枝神社の祭礼を手本に発展したもので、東京では数少なくなった絢爛豪華な山だし車が、川越商人の経済力を誇るように悠々と街を巡行する。
 川越を代表する和菓子店、龜屋の本店も、店蔵と脇蔵が並立する歴史的建造物だ。観光客は、どっしりとした蔵造りの店内での買い物を特別な体験のように楽しんでいる。
 「小江戸」川越で240年余りの歴史を刻む老舗の歴史と菓子の話を、龜屋9代目当主・山撫~紀さんに伺った。

「山陰堂」7代目当主、竹原雅郎さん
「龜屋」9代目当主、山撫~紀さん。1986年生まれ。趣味は小説の執筆。

商人が造った町並み

——週末の川越は、観光客で大変なにぎわいですね。
「年間720万人の観光客が訪れています。近年はSNSの影響が大きく、特に若い年齢層が増えています」

——たしかに、蔵造りの店が建ち並ぶ風景は、写真を撮って発信したくなります。
「川越は明治の大火で町の3分の1を焼失したのですが、焼け残った建物がすべて蔵造りだったことから、商家の旦那衆が江戸から腕利きの職人を呼んで競うように蔵造りの店を建てました。この時に生まれた町並みが、今の川越の景観です。龜屋の本店の建物も、その一軒です」

——創業は、江戸後期の天明3年(1783)とか。
「はい。初代・山負テ七は信州から川越に出てきて、菓子屋で修業を積み、店を出したのですが、品質に妥協しないことを信条にした人でした。この上等主義はうまくいって、2代、3代と繁盛を続け、川越藩の御用を務めるようになります」

代々が励んで240余年

「さらに、龜屋を大きく発展させたのが4代目です。当時、江戸屈指といわれた菓子屋に修業に出て腕を磨き、川越に戻ると、店の建物と商品を江戸風に一新します」

——江戸で最高の菓子と最先端の文化に触れたのですね。
「はい。これがまた評判を呼んで、幕末には苗字帯刀を許されるほどの信用を得ます。
 ところが明治になると、4代目は店を14歳の息子に譲ってしまいます。そして県内初となる第八十五国立銀行(現在の埼玉りそな銀行)を設立。さらに商工会議所を設立したり、地元の有力者とともに元 川越藩の御用絵師・橋本雅がほ邦うを支援する会を作ったりと、町の仕事に奔走していきます」

——すごい方ですね。しかし、14歳で跡を継いだ5代目は大変だったでしょう。
「川越大火で店が全焼し、今の蔵造りの店を建てたのが、その5代目です。5代目は川越名物の芋煎餅の元祖『初雁焼』も残しました」

——代々が、それぞれの役割を果たされていく。
「ええ。その次の6代目は『亀の最中』など多くヒット商品を生み、7代目は工場を本店から移転し、跡地に美術館を開館しました。そして8代目の父は、『亀どら』など、今人気の菓子を創っています」

「初雁焼」「初雁霰」「初雁糖」「亀の最中」
写真左:川越名産、さつまいもを使った銘菓3種。「初雁焼」「初雁霰」「初雁糖」。
写真右:6代目が創った代表銘菓「亀の最中」。


小説家と和菓子屋と

——そして、山浮ウんが9代目。お店に入られたのは何歳の時ですか?。
「28歳です。22で大学を卒業しましたが、美術美学史に転科して24まで大学にいました。そして、卒業後の3年間は、小説を書いていました。ペンネームで10冊くらいは出版しています」

——今、小説は?。
「書いていません。時間がないこともありますが、家業に就くと決心したあとは完全に軸足を家業に移しました」

——店に入って、最初は菓子作りの見習いからですか?
「菓子作りは教えてもらえず、工場で1年間下働きです。そのあと販売を1年。再び工場で1年。そして4年目に堪忍袋の緒が切れて、新しいことを始めたい≠ニ宣言して、新ブランド店舗を考え始めました。それが2019年に開店した、斬新な菓子の販売と和菓子作り体験ができる『kashichi』です」

——よく流行っていますね。
「2022年には『時の鐘店』も造りました。2階は喫茶になっていて、窓から川越のシンボル・時の鐘が眺められます。最高のロケーションで、龜屋の季節の菓子をゆっくり味わっていただけたらと思って造った店です。」

市民が誇れる菓子屋に

——菓子作りで最も大切にされていることは何ですか?
「龜屋らしい菓子であること、つまり江戸の菓子であることです。すっきりと美しく、決して派手になりすぎないことが重要です」

——ご自身も菓子を作られるのですか?
「普段は製造には携わりませんが、川越氷川神社の奉納の菓子などは、江戸時代から伝わる型を使って私が作ります」

——川越の菓子屋、龜屋のご当主の仕事なのですね。
「私は、龜屋は川越になくてはならない店だと思っています。川越の歴史の一部になっているとも自負しています。ですから、ある意味で公益性があるものでありたいと考えています。和菓子作り体験がで きる店も、川越の菓子職人の技術を公開したいという想いで始めたものです。

——川越の菓子屋、龜屋のご当主の仕事なのですね。
「私は、龜屋は川越になくてはならない店だと思っています。川越の歴史の一部になっているとも自負しています。ですから、ある意味で公益性があるものでありたいと考えています。和菓子作り体験がで きる店も、川越の菓子職人の技術を公開したいという想いで始めたものです。
 この先も、川越市民に恥ずかしくない菓子屋であり続けたい。そして、川越には龜屋がある、と自信をもって言っていただける菓子屋にしていくことが自分の使命だと、日々思っています」(了)

龜屋の芋ようかん「郷の芋」

「亀どら」

「春の上生菓子「花見」

山崎美術館。日本画家・橋本雅邦の作品を中心に展覧。入館者には菓子とお茶のサービスがある。

龜屋

埼玉県川越市仲町4−3
TEL:0120(222)051
https://www.koedo-kameya.com/

龜屋

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ぜひ、おいしくて心にしみる「菓子街道」の旅をお楽しみください。