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ホーム > お・い・し・い・エッセイ 「顔」の話(2)縄文顔、弥生顔、インカ顔、グルメ顔 No.179

「顔」の話(2)縄文顔、弥生顔、インカ顔、グルメ顔

 ロンドンオリンピックでは、日本中が湧いた。努力を重ねてきた選手たちが闘う姿のなんと美しいこと! そしてその笑顔のなんと素晴らしいこと! しかし、人類学者の私は、つい選手たちの顔立ちの違いに目がいってしまう。

 なでしこジャパンの澤穂希さんは、目が細く平坦な顔で、歯が大きい。アジアの中でも北方の寒いところに多い顔で、いわゆる弥生顔にあたる。
 一方、体操の田中理恵さんは目が大きくて彫りが深く、歯が小さめ。アジアでは南方の暑いところに多い顔で、いわゆる縄文顔にあたる。
 そして、水泳の北島康介さんは、立体感のある目鼻立ちは縄文系ながら、歯がやや大きく、耳たぶが小さめなど弥生系の特徴も持っており、ちょうど弥生系と縄文系の中間と言える。
  ちなみに縄文人とは、約20万年前にアフリカで誕生したホモ・サピエンスが、4万年ほど前に東アジアにやって来て、さらに日本列島に住みついた、彫りが深く、目が大きいという特徴をとどめたまま進化した人たち。一方、弥生人は、東アジアに来た集団のうち、厳寒のシベリアに長く暮らしたために顔が平らに、眼が細く、歯が大きくなった人たちのうち、中国北部や朝鮮半島を経て2700年ほど前に日本列島に渡り、一気に勢力を伸ばした人たちだ。

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 ところで、北東アジアに住んでいた人たちで、さらに遠くまで旅を続けた集団がいる。1万5千年ほど前に、当時は陸地だったベーリング海峡を越えてアメリカ大陸へ渡り、少なくとも1万年前に南米の最南端まで到達した人々だ。つまり、アジア人とアメリカ大陸先住民は近い親戚なのだ。
 彼らは、平均的な日本人に比べると目が大きく彫りが深いが、薄茶色の肌に黒い瞳、そしてまっすぐな太い髪は私たちとそっくり。最近のDNA分析も、彼らとアジア人が極めて近縁であることを示している。
 私が勤めていた国立科学博物館でもインカやマヤなど中南米の文化と人々に関する特別展を幾度も開いてきたが、毎回、大人気となる理由の一つには中南米の人たちの顔が私たちと似ていることがあるかもしれない。

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 インカ文明を象徴する遺跡の一つマチュピチュへの旅は、インカ帝国のかつての首都クスコから始まる。列車は標高3400メートルの高地にあるクスコから、スイッチバックを繰り返して4千メートルの尾根を越える。そこからウルバンバ川に沿って小さな平野を横切り、雪山に挟まれた渓谷を下って、3時間半かかって標高2千メートルのアグアスカリエンテスに着く。そこからはバスで急峻なつづら折れの道を標高2400メートルまで上る。そして、石段をゆっくり上ると、突然、景色が開ける。山の尾根に、神殿や住居、段々畑(アンデネス)が連なる空中都市マチュピチュだ。
 この絶景にたどり着く間に、標高とともに移り変わる作物の種類は、アンデスの人々の知恵と苦労の歴史を表している。
 標高3500メートル付近の寒冷な荒れ地でも育つジャガイモは、アンデスの住民が大変な苦労の末に栽培化したもので、北ヨーロッパに伝わって莫大な人口増加をもたらした。また標高3千メートルあたりで見られるトウモロコシは、中央アメリカで栽培化され、世界中の半乾燥地帯における食料生産を拡大した。つまり、小麦、米、トウモロコシ、ジャガイモという四大作物のうちの二つが、アメリカ先住民の発明なのだ。
 さらに、カカオ、トウガラシ、トマト、カボチャ、インゲン豆なども中南米の原産。今日、こうした食材がなかったら、私たちの食卓はどれほど単調なものになっていただろう。
 インカ帝国の人々は、南北4千キロに及ぶ大帝国を築きながら、病原菌やスペイン人による侵略によって崩壊した。その悲劇的な運命に思いを馳せながら、私たちの食生活を豊かにしてくれた人々に感謝を捧げたい。

寛永寺の寺域にある徳川将軍家御裏方霊廟の改葬に伴い、2007年から正室・側室など25基の墓所が発掘調査され、5年以上を費やして歴史、考古 、宗教、人類学など多方面からの研究が行われた。写真は徳川家綱霊廟勅額門。 

馬場悠男(ばば ひさお)

945年、東京生まれ。国立科学博物館名誉研究員。元日本人類学会会長。東京大学生物学科卒。獨協大学医学部解剖学助教授を経て、88年から国立科学博物館主任研究官。96年から人類研究部長、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授を兼任。2011年より現職。専門は人類の進化と日本人の形成過程。国立科学博物館(東京上野)の話題の企画展に数多く携わるかたわら、NHKスペシャル「地球大進化」などの監修や、科学番組でのわかりやすい解説で知られる。著訳書も『人類進化大全』、『ホモ・サピエンスはどこから来たか』、『人間性の進化』など多数。