発酵博士のおやつ話(2)

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味噌菓子そしておやつ 小泉武夫

 日本の発酵調味料である味噌や醤油を使った菓子は少なくない。例えば味噌には味噌煎餅、味噌松風、味噌柏餅、はなびら餅、味噌飴などがあり、醤油には煎餅、豆菓子、御手洗団子、磯辺焼などがある。なかでも日本全国津々浦々に味噌を使った菓子あるいはお茶請け、おやつといったものが点在していることは面白いことである。以下に、私こと発酵仮面がこれまで出合ってきた味噌菓子について語ることにする。
 岩手県二戸市郊外の農家で食べたのは「けえば餅」というものであった。「けえば」とは「木の葉」のことで、柏の葉である。
 餅十六個分にそば粉一・五升を使い、ほかに塩、味噌、黒砂糖、クルミを用意する。そば粉一・五升に湯を四合〜五合加えて練り、皮をつくる。適宜の大きさに切った皮を小判状に薄くのばし、それに餡(味噌に黒砂糖を加え、粗くくだいたクルミも好みの量加えてよく混ぜる)を入れ、しっかりと閉じる。それを柏の葉で包んでから囲炉裏の熱灰の中に入れて十分ぐらい焼く。あるいは、炭火の上の網渡しの上で焼いて出来上がりである。柏の葉が焼かれてとても香ばしく、さらにそばの香りもぷんぷんとしてきて、また餡は味噌と黒糖との甘塩っぱさにクルミのコクが被さって絶妙であった。
 山形県長井市では「味噌揚げ」という珍しい菓子を食べた。糯米粉と粳米粉を半々に混ぜた粉五合、水三合、ご飯茶碗で砂糖一杯、味噌半杯、粗くだきクルミ一杯、ゴマを茶飲み茶碗一杯用意する。まず大きな容器に粉を入れておく。鍋に砂糖、味噌、水、ゴマを入れて火にかけ、煮立ったら、粉を少しずつ加えながらヘラでかき混ぜ、時々クルミを入れながら粉を練っていく。粉を入れ終わったらさらによく練って、丸めて平たくしてから油で揚げたものである。
 これは本当においしかった。米粉が油で揚げられてかき餅のように香ばしくなり、また味噌の甘塩っぱさと重厚なうま味、ゴマやクルミからのコク、さらに揚げ油のペナペナとしたコクなどが口の中で一体化して、味覚極楽の味がした。
 

 富山県の「やきつけ」というのも、田舎風でとても印象に残っている。粳米の粉を熱湯でこね、よもぎの新芽を茹でて細かく刻んだものを加え、さらにこねて耳たぶほどの固さにする。これを大判形の団子にし、鉄鍋で両面をこんがりと焼き、ゴマ味噌をつけて食べるのであった。とても素朴で、農村風景によく似合うおやつであった。
 千葉県では味噌饅頭を食べた。小麦粉と味噌を水で溶き、鉄板または鉄鍋にミョウガの葉を敷いてそこにのせ、葉を二つに折って被せ、弱火でじっくりと両面を焼いて食べるのであった。素朴な味わいの饅頭だが、ミョウガの葉が焼かれて饅頭についた匂いはとても香ばしく、その上、健康的な快香がして大いに気にいった。似たものに東京には昔から「焼きびん」と称するものがあった。小麦粉に味噌、砂糖、ふくらし粉を加えて耳たぶほどの固さに溶き、てのひらで丸めて青紫蘇の葉に包んでから焼いて食べるものである。
 群馬県沼田市名物の味噌饅頭は、なかなかのものであった。蒸した粳米(おこわ)と小麦粉、米麹を水で練り、平たっぽく丸めて一日置くと発酵する。これを蒸してから長い串に刺し、味噌ダレをつけて焼いて食べるのである。非常に手のこんだ素晴らしい饅頭であった。
 ほかに島根県で食べた味噌と小麦粉と砂糖、トウガラシ、ゴマでの柚餅子、沖縄県石垣島で食べた水溶きした小麦粉を薄く広げて両面を焼いた皮に豚肉の油味噌を芯にしてくるくると巻いた「ぽーぽー」と呼ぶおやつも忘れられない。





    

小泉武夫(こいずみ たけお)

東京農業大学名誉教授(農学博士)。 文筆家。NPO 法人発酵文化推進機 構理事長。昭和18 年、福島県の醸 造家に生まれる。専攻は醸造学、発 酵学、食文化論。世界中の民族の食 文化を調査し、多くの著作や講演、 テレビ出演などを通して、そのすばらしさ・楽しさを広く伝えている。 主著・近著に『酒の話』(講談社現 代新書)、『発酵』(中央公論社・中 公新書)、『くさい食べもの大全』(東 京堂出版)、『食のベストエッセイ集』 (IDP 出版)、『猟師の肉は腐らない』 (新潮社)など。1994 年から日本経 済新聞夕刊に掲載している「食あれば楽あり」でもおなじみ。