資料に見る和菓子

ホーム > 資料に見る和菓子 第七回 No.203

菓子見本帳

 菓子見本帳とは、菓子のデザイン帳のことで、手書きの意匠に菓子銘などが添えられたものを主に指します。江戸時代には、得意先に預けたり、店内に常備したり、商品カタログのように用いられました。
 歴史ある菓子店では、昔の菓子の姿を伝える史料として大事に保管しているところも多いため、「秘蔵のお宝」という印象があるかもしれません。しかし、意外にも、図書館や博物館、資料館で所蔵しているものもあるのです。

 「絵糕紋 打物菓子雛形」は、主に落雁が描かれている菓子見本帳。全十二頁で絵図の数もそれほど多くありませんが、繊細な色づかいは特筆すべきといえるでしょう。写真の右頁は、寿の文字や梅、蓑亀、菊(左頁もあり)といっためでたい意匠、左頁には、「花の王」の名で親しまれた牡丹、波を背景にして魚籠・釣竿・玉手箱が描かれています。浦島太郎を題材にしたものでしょう。落雁になったところを想像すると、心が躍ります。
 残念ながら、「絵糕紋」には菓子屋の名が書かれていません。ただ、江戸幕府の御用をつとめた金沢丹後や、紀州藩御用菓子屋だった和歌山の駿河屋ほかの菓子見本帳でも、同様の美麗な落雁の意匠が見られるので、大名や公家などに出入りをしていた店が作ったものかもしれません。
 次にご紹介する「御蒸菓子図」は、大坂の高麗橋にあった虎屋伊織の菓子見本帳です。全八十頁に羊羹等の棹物、饅頭、きんとんほか、四八八種類もの意匠が色鮮やかに描かれています。どの頁の意匠も、大きさを揃えて類似のデザインでまとめられているので、洗練された印象を受けます。脇には「小夜衣」「未開紅」といった優雅な菓銘が。生地や餡、製法が書き込まれたものもあり、当時の菓子の味わいを想像させます。



 「御蒸菓子図」を作成した虎屋伊織は、大坂を訪れる旅行者の観光スポットにもなったほどの名店でした。饅頭を名物としていましたが、こうした色とりどりの菓子の意匠からも、賑わう店の様子が伝わってくるような気がします。
 最後にご覧いただくのは「船橋菓子の雛形」。深川佐賀町にあった船橋屋織江が、明治十六年(一八八三)に作成した二冊組の菓子見本帳です。煎餅、落雁、有平糖などの干菓子のほか、慶事に用いられる三つ盛や五つ盛が目を引きます。



 松竹梅・菊といった吉祥や季節の果物をかたどった菓子に、羊羹を組み合わせたりしたもので、一部には、折箱の見本も描かれています。こうした三つ盛や五つ盛の図案は、近代以降の見本帳によく見られます。西洋画風に陰影をつけて、立体的に見えるよう描かれた意匠は、重さすらも感じさせるようなリアルさです。
 最近ではインターネット公開をしている館も増えており、誰でも手軽に史料の画像を見られるようになりました。皆さんも是非ご覧になってはいかがでしょうか。
*「御蒸菓子図」と「船橋菓子の雛形」は、所蔵館のウェブサイトで閲覧できます。

森田 環(虎屋文庫 研究主査)

虎屋文庫のご紹介

昭和48年(1973)に創設された、株式会社虎屋の資料室。
虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集、調査研究を行い、機関誌『和菓子』の発行や展示の開催を通して、和菓子情報を発信しています(現在、展示会は休止中)。資料の閲覧機能はありませんが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしています。HPで歴史上の人物と和菓子のコラムを連載中。

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