北海道庁旧本庁舎。明治21年(1888)建設。国指定の重文。
初夏の札幌を訪ねた。どこへ行ってもアカシアの白い花が咲き乱れ、ライラックやハマナスも咲き残っていた。木々はむせかえるばかりの新緑である。緑豊かなこの町では、人間も若葉の季節には若葉のような気分になるらしい。街路樹が、街の建物に負けないくらい、のびのびと葉を広げている。
北海道庁旧本庁舎、大通公園、豊平館、北海道大学キャンパス、植物園。札幌はどこへ行っても、林の中、森の中。札幌のシンボルといわれる、あの狭い敷地に立つ時計台さえ、木々の緑に囲まれていた。
時計台。明治11年(1878)建設の札幌農学校の演武場に明治14年、付設された。現在、館内は歴史館。国指定の重文。
北海道大学キャンパスのポプラ並木。北海道大学の前身は、明治9年(1876)に開設された札幌農学校。「少年よ大志をいだけ」の言葉をのこしたクラーク博士の像も、広いキャンパスの一角にある。
札幌きっての老舗のお菓子屋さんに、三八がある。明治38年の創業は、札幌の歴史を考えれば、たいへんに古い。現社長は六代目の小林孝三さんで、昭和13年生まれ。
「老舗ということにはなるんでしょうが、私自身の考え方は、暖簾を守っていくというのとは違います。特に札幌というところは、老舗の暖簾だけで商売をしていくのは難しいし、もうそういう時代でもないと思っています」
「札幌では、老舗が重んじられないんですか」
「札幌というところは排他性が薄いんです。関東のものでも関西のものでも、よいもの、新しいものがあれば、どんどん受け入れる。それだけに、名門意識みたいなものも薄いと思います。うちには立派なものがあるから新しいものは不要、というところはないんじゃないでしょうか」
小林さんのみた札幌人気質。札幌の街を散歩しているだけでは、こんなお話は聞けない。
「私のところは、カッコよくいえば挑戦と開発の繰り返し。その時代、その時代に合わせてお菓子を作って今日まで……。よくもやってこられたものだと思いますよ」
初代が「時計台」の商標登録を取り、北海道産の材料で落雁を作って以来、ヒット商品はたくさん出したが、それらは今、どれも製造をやめたり、縮少したりしている。現在は「三寸餅」という新商品に力を入れている。ねらいは、お餅と小豆あんの単純なおいしさ。
新製品を工夫する一方で、10年ほど前、小林さんはもっと思い切った時代への対応策に踏み切った。三八とは別に、「菓か舎」という、まったくイメージが違う菓子ブランドを立ち上げたのである。このブランドを代表する菓子が、「札幌タイムズスクエア」。菓子も店舗も、洋風で、モダンで、レトロ。知らなければ、三八の経営だとは誰も思わないに違いない。すすきの店のほか、札幌駅や千歳空港に売り場がある。
豊平館。明治13年(1800)建設の、北海道開拓使直属の洋風ホテル。明治天皇をはじめ、3代の天皇が宿泊している。国指定の重文。
サッポロビール園。サッポロの食といえば、ジンギスカン。できたての生ビールと一緒に食べれば格別。
(写真協力:サッポロビール園)
千秋庵でも、熱い話題が待っていた。
ここも大正10年創業の老舗。「山親爺」「ノースマン」は全国に知られる銘菓だ。南三条の駅前通りに面した千秋庵本社の前に立つと、8階建てのビルがまるごとお菓子屋さんなのに驚かされる。これだけ大きなお菓子屋さんは見たことがない。時計塔には、時報を告げると扉が開き、札幌にちなむ偉人たちの人形が次々に現れるからくり時計もある。まさにお菓子のデパート、1階売り場では数えきれないほどの種類の和洋菓子が売られている。
社長は就任5年目という岡部一衛さん。昭和28年生まれである。
「うちの前を走っている駅前通りと北側の南一条通りがつくっているT字ゾーンが、今、すごい勢いで若者の街に変わりつつあるんです。パルコや東急ハンズをはじめ若者向けのショッピングビルが次々にできて、最近はスターバックスの札幌1号店もできました。そこで、うちでも地下に若者向けの新しいお菓子の店をオープンします。SENSYUAN Come Mixという店で、包装紙や紙袋はもちろん、店の内装や店員のユニフォームまで、新しくコーディネートしました」
お話を伺っていると、岡部さんの、この仕事に打ち込む気持ちに圧倒される。
岡部さんは、北大を卒業してからウィーンで2年半、みっちり洋菓子の修業をしてきた。作るお菓子はもちろん、芸術の都での体験は、これからいろいろな面で生かされていくに違いない。
岡部さんのお話で驚いたのは、千秋庵が、札幌という大都市のど真ん中にあって、深さ90mから汲み上げる地下水でお菓子を作っているということだ。
「このあたりには、以前は造り酒屋が5軒もあったんです。もともと、札幌というところは、あちこちで地下水が自噴していた土地で、地名もアイヌ語で泉の湧くところといった意味らしいです。札幌の地下には、豪雪地帯の山からの雪解け水が、日本一大きいダムの3倍にあたる、3億トンも貯蔵されているというんです」
札幌は森の都、食の宝庫、加えて地下水の貯蔵庫である。翌日も私たちは、藻岩山の展望台で札幌市街を一望したり、大倉山のジャンプ台に登って肝を冷やしたりした。贅沢な街めぐり。帰り道は、かしましく、札幌賛美がつきなかった。
札幌市中央区南三条西3丁目17
TEL:011 (251) 6131
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![]() 山親爺。山親爺とは北海道では熊のこと。道産のバター、牛乳、卵を生かした煎餅。
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ノースマン。パイで小豆餡を包んだ洋風和菓子。 |
札幌市中央区南一条西12丁目 TEL:011 (271) 11381
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![]() 札幌時計台。ミルクとチーズの香りが楽しい洋風饅頭。(菓か舎) |
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三寸餅。北海道産の小豆の風味と餅のおいしさ。 |