菓子街道を歩く

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松江 彩雲堂気軽?な茶の湯の街で百五十年

松江を象徴する風景といえば、夕焼けに染まる宍道湖の情景。朝はシジミ漁の小舟が浮かび、これもまた絶景。


水の都、お茶の街

 島根県松江市。山陰第一の都市は、市域の北側に日本海、中央に宍道湖と中海という汽水湖を抱いている。
 市街地は二つの湖をつなぐ大橋川によって南北に大きく二分され、北側エリアに堀川に囲まれた国宝の松江城。天守に登れば、眼下に宍道湖と松江の街が広がる。松江が水の都?と称されるのは、まさに海、湖、川、堀と、さまざまな水と共にあるからだ。
 松江の街を象徴する風景が、もう一つある。家々で点られているお茶だ。
 茶の湯と言うと堅苦しいと敬遠する人も少なくないが、松江のそれは茶碗に抹茶を入れ、お湯を注いで茶筅でシャカシャカ。番茶やコーヒーより、よほど簡単だ。朝に夕に点て、お気に入りの和菓子を添える。来客にも、同じ作法で気軽に振る舞う。
 お茶と和菓子が身近にある人々の暮らしは、江戸後期の大名茶人、松江藩松平家第七代藩主松平治郷・不昧公に市井の人々が憧れて生まれたもの。気軽なお茶は、和菓子も気軽なものにしている。
 松江を代表する銘菓「若草」で知られる彩雲堂の6代目、山口周平さんを訪ねて、お話を伺った。

「彩雲堂」6代目当主・山口周平さん
「彩雲堂」6代目当主・山口周平さん。1975年生まれ。1女2男の父。趣味は映画鑑賞、ジャンルは問わず。

「彩雲堂」代々

——創業150年を迎えられたそうですね。
山口「明治7年(1874)に初代・山口善右衛門が松江の親戚に菓子作りを習い、飴屋を開いたのが始まりです。出雲の人で、寺子屋と麹屋を営む家の長男として生まれたと伝え聞いています」

——彩雲堂という店名も、初代の命名ですか?
「はい。彩雲とは虹色に輝く雲のことですが、李白の詩の中に吉兆として出てきます。折に触れて、良い名前にして くれたなぁと感謝しています。
 そして初代の最大の功績が、代表銘菓の『若草』を私たちに遺してくれたことです。
 『若草』は不昧公の茶会記に記されている菓子ですが、時が経ち製法がわからなくなっていたのを、不昧公百年忌を前に初代が苦心を重ねて明治40年代に復活させました」

——その銘菓を、代々が大切にしてこられた。
「それが山口家、彩雲堂の歴史だと言ってよいと思います。
 2代目の善之助は戦後、松江駅にできた鉄道弘済会で『若草』を土産菓子として販売すべく、日持ちをよくするなど品質を改良して、売上を伸ばしていきました。
 また、私の祖父にあたる3代目の恒雄は、工場を郊外に移して近代的な設備に整える一方、従業員の給与を引き上げるなどして菓子屋の地位向上と会社のレベルアップに心血を注いだ人でした。
 そして、父の研二が4代目、母の美紀が5代目とつないで平成30年(2018)に私にバトンが渡されました」

「よもぎ若草」。代表銘菓の「若草」をさらに磨き上げた逸品。2024年9月から販売開始。

「伯耆坊」。3代目が創った人気の伝統銘菓。

銘菓「若草」の秘密

——ずばり「若草」の作り方を教えてください。
「求肥は、奥出雲の仁多産のもち米を仕入れ、一晩水につけて翌日、石臼で挽いて製粉しています。そこに砂糖を加えて約3時間かけて煉り上げ、木枠に流し入れて3日ほど寝かせます。いい硬さに落ち着いたら短冊に切り、蜜をつけ、緑色の砂糖のそぼろをまぶして出来上がりです」

——石臼を使う理由は?
「機械で挽いたように、粒子が均一にならないのがいいんです。城の石垣がいろいろな大きさの石を積むことで屈強なものになっているように、粒子の大きさがまちまちなことで、ふっくら、しっかりした求肥になります」

——伝統の銘菓らしく、様々な試みによって菓子が磨かれてきたのですね。
「実は今年の秋から、不昧公の時代と同じように、そぼろに島根県産のヨモギを使った『よもぎ若草』の販売を始めました。『若草』より少し深い美しい色合いで、ほんのりヨモギの香りも楽しめます。ヨモギは、地元のお茶屋さんが丁寧に挽いてくれています」

——彩雲堂は職人の技術の高さでも知られています。特別な訓練法があるのですか?
「松江の方々が毎日和菓子を買い、召し上がってくださるので、一人の職人が生菓子を作る量が他の街よりも圧倒的に多いんです。毎日10個作るのと100個作るのでは全く違います。そのなかで職人皆が競うように仕事をしていますから、自然と技術が磨かれていくんです」

気軽な茶の湯を世界に

「最近、タイで茶の湯を楽しんでいただくイベントをしてきました。向かい合わせに座って、お茶を点て、相手に飲んでもらう。それだけなのですが、お茶碗を交換した途端に笑顔が広がる。見知らぬ人同士が仲良くなる。お茶の持つ大きな力を感じて、気軽な松江の茶の湯を世界に広めていかなければと、勝手に使命感に燃えています(笑)」

——社長を継がれたのは何歳の時でしたか?
「43歳でした。のんびりした性格で、集団行動も得意ではないタイプですので、それまでは行政とのお付き合いもあまりなかったのですが、その年の不昧公没後二百年祭に向けて一緒に活動するうちに、ご縁が広がり、意識が変わっていきました。社長になると景色が変わって見えるよ、と人から聞いてはいましたが、本当にそのとおりでした」

——社長として、何を大切にされていますか?
「決断の一つひとつを、損得ではなく善悪を基準に考えるようになりました。商売ですから利益は大切ですが、最後は社会にとって善かれと思える方向を選んでいます。
 創業150年を記念して、この春、工場の敷地を開放して工場まつりを催したのですが、そこで本当に多くの方に支えられて今があることを実感しました。そして愛される会社であり続けられるように、時代に合った菓子を提案できる会社にしていこうと決心しました。
 のんびり屋なりに、攻めに転じていこうと思っています」

蜜漬けした大粒の栗を粒餡とこなし餡で包んだ「栗まる」。

秋の棹菓子「いろどり(紅葉)」

彩雲堂本店。入口脇に菓子を作る職人が見える窓があり、思わず見入ってしまう。2階には居心地のよい茶寮がある。

彩雲堂

島根県松江市天神町124
TEL:0120(0212)727
https://netshop.saiundo.co.jp

竹風堂

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ぜひ、おいしくて心にしみる「菓子街道」の旅をお楽しみください。