ホーム > 菓子街道を歩く 岡山 No.208
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吉備津神社。壮麗な本殿・拝殿は、吉備津造りとも呼ばれる独特の建築様式。 |
「桃太郎さん、桃太郎さん、おこしにつけたきびだんご、一つ私にくださいな」
桃から生まれた桃太郎が犬、猿、キジに「きびだんご」を与えて家来にし、鬼を退治する物語は、誰もが知っているおとぎ話だ。
物語発祥の地をうたう町は全国にあるが、最も有名なのは岡山市だろう。根拠は、岡山が昔から桃の名産地であること。かつては吉備国と呼ばれた地であること。そして古代、吉備で暴れまわっていた百済の王子・温羅を大和朝廷の王子・吉備津彦命が倒し、この地を平定したという伝説があること……。
では、「菓子街道」の旅も鬼退治の話から始めよう。
岡山駅からJR桃太郎線(吉備線)に乗車。田園風景の中を走って4つ目の駅で下車。松並木の参道を歩き、急な石段をのぼると、吉備津彦命を主神として祀る吉備津神社の豪壮な社殿が現れる。
拝殿と本殿がひと続きになった巨大なお社は室町時代の建造で、国宝。手前の拝殿には「平賊安民」、つまり賊を平らげ、民を安らかにしたという意味の巨大な扁額が掲げられている。まさに、桃太郎の話そのものだ。
おもしろいのは、本殿内に討ち取られた側の温羅も祀られていること。さらに、本殿と長い回廊で結ばれている「お釜殿」にある釜の下、地中深くには、温羅の首も埋められているという。
毎日のように行われている鳴釜神事は、火にかけられた釜の中に米を入れると、鬼の声のような音が鳴り始め、その音で吉凶を占うというもの。家内安全、良縁、受験合格と様々な願いが占われるが
やはり音が大きいほど喜ばれるそうだ。
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岡山後楽園。およそ320年前に岡山藩主、池田綱政が造営して以来、歴代藩主が手を加えてきた大名庭園。江戸時代の美意識を現代に伝えている。* |
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岡山駅前の広場に立つ桃太郎像。犬、猿、キジを従えた、りりしい姿。* | 鬼ノ城。温羅が拠点にしたとも大和朝廷が築いたともいわれる古代の山城。約2.8kmにわたり城壁や土塁が巡らされていた。西門などが再現されている。 |
さて、いよいよ次は「きびだんご」だ。岡山駅前から路面電車で約10分、中納言電停の前に立つ廣榮堂の本店を訪ねた。
安政3年(1856)に菓子屋の暖簾を揚げた創業の地に立つ本店は、昨年12月に改築オープンしたばかり。店内は、木材をふんだんに使って日本建築の粋を凝らす一方、吹き抜けや坪庭から外光を巧みに取り入れた斬新な造り。高級感あふれる和の空間の随所に、モダンアートが配されている。
ところが、菓子売り場の一番目立つ場所に並んでいるのは、菓子職人が作る季節の上生菓子や棹物、あるいは「調布」や「きび大福」といった普段使いの和菓子で、看板商品の「きびだんご」は、正面とは反対側につつましく置かれている。
五代目当主、武田浩一さん(1963年生まれ)に話を聞いた。
「それは、この廣榮堂の本店が、まず地域の和菓子屋でありたいと考えているからです。きびだんごが生まれた創業の地で、地域の人々に愛される和菓子屋として、『おいしい』『楽しい』を提供する。それが私たちの仕事だと思っています」
その想いを進めるために店の上階には、これまでにない全く新しい菓子を開発するためのラボや茶室などの施設も造ったのだと言う。
「なぜなら、和菓子というカテゴリーに将来性を感じていますから」
廣榮堂の初代は、明治中期に山陽鉄道が開通すると聞くと、串刺しが多かった「きびだんご」を一つずつ桟の中に入れる箱詰めを考案した発想力の人だった。続く二代目は戦後の粗悪な材料しか手に入らない時代に「きびだんごを作ってほしい」という観光協会からの依頼を断った逸話なども残る、〝本物〟にこだわるものづくりの人。さらに武田さんの父である四代目は、きびだんごを、お土産の枠を超えて日本中の子どもたちに食べてもらえる菓子にしたいと絵本作家の五味太郎さんを起用してパッケージを一新した、豪快でロマンあふれる理知の人だった。
そして、武田さんも平成18年に社長に就任して以来、会社を大きく変革してきた。
例えば、本店に併設された茶房「ひねもす」では、目の前で「調布」や「どらやき」を焼き上げてくれる。この楽しいスペースのアイデアも、できたての菓子を載せるシックな平皿も、社員の提案や意見が実現したものなのだ。
ちなみに、菓子とともに味わうコーヒーも、コーヒー愛好家の社員が豆選びから抽出まで担当している。つまり、店中に社員のアイデアがあふれているのだ。
「社長の仕事は、社員が輝ける舞台をつくることだと思っています」
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廣榮堂の本社に、社長室はない。新店舗のコンセプト作りも、新しい菓子のアイデアも、すべては社長と社員が平場で議論を重ね、提案者が先頭に立って実現していく。こうした開かれた仕事のやり方で、廣榮堂は年商を伸ばし続けている。ただし、信頼性や安全性を掲げた社是は不動だ。
「変な儲け方をしても意味がない。全部、ほんまもんでやっていく。それで160年、続いてきたんですから」
本店の北側には日本三名園の一つ、岡山後楽園がある。およそ320年前に岡山藩主の池田綱政公が作らせた広大な回遊式庭園だ。
なるほど。桃太郎には、こんなのびのびとした風景がよく似合う。
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*印の写真提供:岡山県観光連盟
岡山市中区中納言町7-32(中納言本店)
TEL :086-272-2268
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むかし吉備団子 | 季節の上生菓子 |
私の仕事は、
社員が輝ける舞台をつくること。
社員と共に、食べる楽しさを
追求していきます。