堀川めぐり。舟に乗る人にとってはもちろん、堀のそばを歩く人にとっても、舟が往来することで、松江の風景は新しくなった。
宍道湖、松江城、小泉八雲旧居と、なじみの見どころを思い描いて松江に出かけていった。ところが、平成9年に城の周囲の堀を舟で遊覧する「堀川めぐり」というものができていて、松江観光の魅力はぐんと増していた。
今回、初めて、カラコロ広場前から舟に乗ってぐるっと1周したが、まったく趣の違う松江に出会う思いだった。
簡単なテントの屋根がついた川舟は、低い橋をくぐる時、屋根を低くする仕組みになっている。屋根が下がるたびに、乗客も頭を下げたり、身を伏せたり。これが、思いがけず見知らぬ乗客同士をなごませるきっかけをつくっていた。
水上から見る花々や木々の緑が美しく、ときにはそこにカワセミなども現れる。
松江城。天守閣は、慶長16年(1611)の建物で、国の重要文化財。平成13年に3つの櫓が復元された。
月照寺。松江藩松平家の菩提寺で、国指定史跡。不昧公の廟所もここにあり、透かし彫りが施された廟門は小泉八雲も絶賛したと伝えられる。
舟は内堀に入り、右手に小泉八雲の旧居、左手に松平不昧公を偲ばせる城山の森を見つつ通る。
松江の文化は、茶道「不昧流」を興した7代目藩主松平治郷(不昧)によるところが大きい。町人の茶事が禁じられていた頃、富裕な町衆はひそかに「隠れ茶室」なるものまで造って、茶を楽しんだという。いまでも、松江の人々は、日に2度も3度もお抹茶を飲む。
お茶といえば、お菓子。これも松江では、不昧公の歌にちなんだ「山川」「若草」といった銘菓が名高い。ただ、不昧公好みのお菓子は、ほんのひと握りの人々のためのものだったため、明治を迎える頃には、どんなお菓子だったかさえ、わからなくなってしまっていた。
それを復活させようという話が、有志がつくる「どうだら会」という町おこしのための懇話会で始まったのである。
会の意を体して、「山川」を風流堂の内藤隆平が、「若草」を彩雲堂の山口善右衛門が、古老の話を聞き、古文書を調べて、苦心の末に復刻した。それぞれ、現在も松江の代表的な菓子店として栄えている店の、実質初代である。
風流堂の本店は白潟本町にあるが、寺町店を訪ねた。現当主は4代目の内藤守さん。
「山川」は不昧公の「散るは浮き散らぬは沈む紅葉葉の影は高尾の山川の水」という歌にちなむ菓子である。手にとるとしんなり曲がるやわらかさは、世の落雁とは違う。高雅で、きめが細かく、口の中で消えるように溶ける。
「打ち菓子は砂糖と粉です。特に、粉の質がいいことが大事。それから、砂糖に水を加えた時のしとり加減、砂糖と寒梅粉を合わせて練る時の練り具合……。山川のやわらかさを出すには、この地方のその日の天候まで計算に入れる必要があるんです」
内藤さんは、今の菓子業界の環境は、脱酸素剤、冷凍技術、宅配便の登場という3つのイノベーションで変わったという。だが、「山川」「朝汐」はいうにおよばず、新しい菓子も「路芝」など古典にちなむものが多い。
銘菓「呼子鳥」を詠んだ山口誓子の一句が、句碑になって寺町店の店頭に立っている。時代が変わっても、風雅の伝統のなかでお菓子を作り続ける、風流堂はやはり松江の老舗である。
「若草」で有名な彩雲堂の本店は、白潟天満宮の門前町である天神町の四つ角に位置している。彩雲堂の現当主も4代目の山口研二さん。
「若草」は、不昧公の歌「曇るぞよ雨降らぬうちに摘んでおけ栂尾の山の春の若草」にちなむ銘菓である。
色も味わいも、まことに春の若草のような、お茶席に似合う逸品だ。
「こだわっているのは、求肥の材料です。仁多米という島根県の山間部でとれる糯米を石臼でひいて用いています。市販の粉から作るのとはコシが違いますので」
そのコシのある求肥を拍子木形にして、若草色に染めた寒梅粉を一つずつ昔ながらの手作業でふっさりとかけて仕上げている。
彩雲堂では「若草」、「朝汐」のほか不昧公好みの復刻として「たまみず」、「やまかつら」などの菓子も好評だ。また、お月見用に曲げわっぱに「うさぎの上用」を並べたり、雛の節句には松江伝統の花餅を、敬老の日には「不老仙」をと、松江という土地をいつくしみ、日本の歳時記を大切にした、お菓子の提案も試みている。
島根県立美術館。宍道湖に臨んで、平成11年にオープンした。「宍道湖の夕日」観賞スポットとしてもおすすめ。
旅のしめくくりに、宍道湖の湖岸に誕生した2つの美術館を訪ねた。湖の東岸に立つ島根県立美術館と、北岸にできたルイス・C.ティファニー庭園美術館である。
県立美術館は、所蔵品もさることながら、一階の湖水に向かったオープンスペースがすばらしい。ボーッとするにも、語らいにも。
ティファニー庭園美術館では、ステンドグラスやランプ、家具などの優品を堪能。本式の英国式庭園に驚かされた。ここも、足元まで湖水のくるような休憩室が魅力的。
名にしおう宍道湖の夕日は、曇天で見られなかった。
松江市白潟本町15 TEL:0852 (21) 3359
「呼子鳥」の句碑が立つ寺町店。 |
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![]() 路芝。万葉集歌に発想を得て、出雲路の姿を表現した、胡麻の香りを配した菓子。 |
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山川。日本3銘菓のひとつといわれる高雅な味わいの打ち菓子。 |
松江市天神町1245 TEL:0852 (21) 2727
天神町の本店。堀川沿いにある旧日銀松江支店の建物を使った松江の新名所、カラコロ工房内の支店では、お菓子づくりの実演も見られる。 |
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![]() 若草。色、姿ともに美しく、求肥と寒梅粉があいまって、萌えぎの力を感じさせる。 |
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柚衣。丹念に煮つめた小ぶりの柚子に朝汐餡を詰めた、柚子の香り豊かな菓子。 |