岩松院。福島正則、小林一茶ゆかりの古刹であり、高井鴻山の旦那寺であった縁で葛飾北斎が描いた大天井画「八方睨み鳳凰図」があることで知られる。21畳敷一杯の極彩色天井画は、嘉永元年(1848)、北斎89歳のときの作品。
葛飾北斎という画家は、のちの世まで型破りだった。江戸ではなく、遠い信州小布施で蘇り、今や小布施を北斎の町とまでいわしめている。
岩松院本堂の天井画や、北斎館にある肉筆類を見ると、冨嶽三十六景のような版画の北斎とはまた違う、恐ろしいような迫力に圧倒される。
しかし、小布施だからこそ、北斎もやってきたのである。
小布施は、江戸と北越を結ぶ街道沿いの町だ。西に千曲川をへだてて信越国境の山々、東に白根山をはじめとする上信国境の高峰を望む。古くから栗の産地として知られ、江戸時代には幕府が直轄。砂糖の普及に伴って、江戸末期には栗を用いた菓子の製造販売が始まった。
一方、幕末の小布施には、高井鴻山という豪商文化人が出ている。これも、幕府が直轄していたために、小布施と江戸が近くなっていたことと無縁ではないだろう。鴻山がいなければ、北斎もこの地を訪れることはなかった
栗と北斎の町、長野県小布施町。瓦屋根の家並みが続く美しい町のいたるところで、栗の木を見かける。
小布施の中心街で驚くのは、店や食事処の重厚なたたずまいだ。その多くがお菓子屋さんなのである。 とくに目を引くのが桝一市村酒造場と小布施堂の棟続きの建物で、ともに旧家市村家の経営。高井鴻山と縁続きの家で、もともとは酒造家である。明治に入って、菓子の店小布施堂を始めた。現在の当主市村次夫さんが、17代目。50代と若く、小布施のホープである。 市村さんは隣接する民家や信用金庫、町と協力し、小布施の町並み景観の核をなす一区画を整備した。市村家の本宅を中央に、店や菓子工場などが取り囲み、その外側にある町営の北斎館、高井鴻山記念館などと接続し、いずれも違和感のない建築で融合させた区域である。「生活していない建物を集めたのがテーマパーク。こちらは生きて活動している町です」と、市村さんは強調する。 お菓子で市村さんが考えていることの一つは、テイクアウトできない、小布施で食べて帰る菓子の価値。秋のお菓子「雁ノ山」などもその一つで、小布施堂の特色をなしているといってよいだろう。
高井鴻山記念館。鴻山(1806〜1883)は小布施の旧家に生まれ、京都、江戸に遊学して儒学、書、絵画を当時の一流の権威に学び、郷里小布施に戻って中央の文化人と交流しながら、地域文化に貢献した人物。多くの書や絵画を残している。
小布施堂のすぐ近くに、お菓子が優れているのはもちろん、文化活動もめざましいお菓子屋さんが2軒ある。
小布施堂の筋向かいにある竹風堂は、明治中期の創業。栗菓子のほか「栗強飯」のヒットでも知られ、長野県下に10数軒の支店を構え、高い直売率を誇る店である。「お店に来られる、見知らないお客さんにどう接するか、これが商いのすべてだと思っています」と、70代に入ったばかりの社長竹村猛志さんは社員教育に情熱を注ぐ。
また、竹村さんは、収益の一部は文化的な事業で地域に還元すべきだと考えている。重要有形民俗文化財の灯火用具を収蔵・展示する「日本のあかり博物館」を開設したのは、昭和57年と、北斎館に次いで古い。平成9年には松代店に併設して「池田満寿夫美術館」も開館させた。
小布施堂の北には、桜井甘精堂がある。文化5年創業の老舗で、現在の社長桜井佐七さんが7代目。竹村さんとほぼ同世代である。
桜井甘精堂は、「栗落雁」「栗ようかん」「栗かのこ」など、小布施の栗菓子の創製元祖の店。その伝統を受け継ぎながら、桜井さんは「小布施を楽しい町に」という努力を惜しまない。本店南側には、紅茶とオリジナルケーキの瀟洒な店も開店させた。
さらに本店奥にある「小さな栗の木美術館」などは、美術ファンにとってはたまらない見ものだ。ここの絵画には、桜井さんと親交のあった、『気まぐれ美術館』でおなじみの洲之内徹のコレクションが多数含まれている。
北斎の名前だけに頼らず、旧街道沿いの町を、お菓子屋さんがこぞってもり立てている。小布施は、まさに菓子街道そのものであった。
長野県小布施町808
TEL:026(247)2027
小布施堂本店。売り場の奥には「お食事処」。敷地内にはほかに「蔵部」「傘風楼」などの食事のできる店もある。 |
![]() くりかのこようかん 栗鹿ノ子羊羹 栗羊羹に大粒の栗の実を丸ごと入れた、見た目にも美しい銘菓。 |
![]() |
![]() かりのやま 雁ノ山 10月限定で、食事処で供せられる。持ち帰り販売はしていない。 |
長野県小布施町973 TEL:026(247)2026
2階に広いレストランをもつ竹風堂本店。右隣りに建つ旧本店は「自在屋」の名で諸国民芸品を売る店になっている。 |
![]() 方寸 初代が創製した赤えんどうを使った干菓子。香りがよく、口の中ですっきりととける。 |
![]() |
![]() 栗かの子 蜜漬け栗に栗餡をからめた贅沢なきんとん。開缶の際に手を切る心配のないプラスティック容器も評判。 |
長野県小布施町779 TEL:026(247)5166
桜井甘精堂本店。左隣りに江戸時代の建物を復元した、美しい日本庭園をもつ食事の店「泉石亭」がある。 |
![]() 純栗ようかん 栗・砂糖・寒天のみを原料に、200年の伝統の技で作った淡い甘みと高い香りを持つ栗羊羹。 |
![]() |
![]() 純栗もなか 本こがし皮と純栗餡のハーモニーを楽しめる、姿形も愛らしい最中。10〜5月の季節限定商品。 |