菓子街道を歩く

ホーム > 菓子街道を歩くNo.145 十勝帯広

十勝・帯広[お菓子開拓物語]

マップマップ

柏の森の中に

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どこまでも広がる十勝平野。十勝は日本で唯一食糧の自給自足が可能な地域だという。

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中札内美術村の小泉淳作美術館。小泉淳作は、京都・建仁寺法堂の天井画を、旧中札内小学校体育館で描いた日本画家。

 飛行機が高度を下げて、眼下に、緑と黒土のモザイク状の十勝平野の広がりが見えてきた。わずか百二十―百三十年前に入植者たちが飢えや寒さと闘いつつ切り拓いた土地だが、世界でもこれだけ美しい農場風景はそうはないだろう。 
 空港から車で向かったのは、中札内村にある中札内美術村。広大な敷地は三分の二が自然のままの柏の林、三分の一が歩きまわれる芝生になっている。葉のある季節の林の中は、暗く感じるほどだという。十勝の原野が、かつて一面、柏の樹海だったということも、ここで初めて知った。
 三つある美術館は、すべて林のなかにある。建物がまたおもしろく、相原求一朗美術館は帯広の共同浴場だった「帯広湯」を移築、坂本直行の絵を展示する北の大地美術館は、北大構内の牧牛舎をモデルにした建物、といった具合。坂本直行は、六花亭の包装紙の、あの赤いハマナスの絵を描いた人だ。ほかに小泉淳作美術館があり、林の中や芝生の広場に置かれた彫刻も楽しい。
 美術村一の人気は、レストラン「ポロシリ」である。野菜たっぷりのカレーや、じゃが芋のなます、手亡を使ったグラタン風の料理など、メニューは十勝の新鮮な農産物を使ったものばかりだ。

菓子一筋の人生

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帯広百年記念館(緑ヶ丘公園内)。十勝の自然、古代遺跡、開拓史などを総合的に展示している博物館。

 美術村の推進者は、六花亭現社長の小田豊さん(昭和22年生まれ)である。豊さんは、創業者の父小田豊四郎さんのもとで副社長をつとめたあと、平成7年に社長に就任した。中札内美術村について、
 「企業メセナなどとは考えていません。やがてそっくり引き取ってくれるところがあったら、それでもかまわないと思っています。要は、美術村自体が社会的資産になってくれればいいと思っています」
 と、語る。
 帯広市の郊外にある本社工場の大きな建物のなかにいると、六花亭はお菓子屋さんというより製菓会社なのだと思う。父豊四郎さんを語る豊さんの口調には、経営者であり生涯菓子職人として働いた父への尊敬がにじむ。 
 小田豊四郎さんは大正5年、函館に生まれ、北見の旧制中学を卒業後、札幌の千秋庵菓子店の店員となった。帯広千秋庵を経営していた叔父が病気になり、経営を引き継ぐことになって、昭和12年、豊四郎さんは帯広に移る。戦争中、中国へ出征したが、以来昭和52年まで帯広千秋庵を経営し、同年六花亭と社名を変更した。 
 豊四郎さんは菓子の工夫に打ち込み、昭和20年代には「ひとつ鍋」、30年代には「らんらん納豆」、「十勝日誌」、「大平原」、40年代には「万作」と、次々にヒットを飛ばしてきた。のれん返上の年には、「マルセイバターサンド」を発売している。

郷土に根ざして

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旧愛国駅と旧幸福駅。廃線となった広尾線の駅で、「愛の国から幸福へ」の流行語を生み、現在も多くの観光客を集めている。

 小田豊四郎さんのお菓子の名前は、いずれも十勝の歴史と深いかかわりをもっている。「ひとつ鍋」は、明治初期に十勝開墾を企てて苦闘した依田勉三の句「開墾のはじめは豚とひとつ鍋」からとり、「十勝日誌」は幕末に北海道を探検した松浦武四郎の日誌名そのまま、というふうに、ひとつとして十勝に無縁な命名はない。「らんらん納豆」も、十勝小唄の囃子ことばからとられたものだという。
 郷土に根ざし、伝統を生かそうと思えば、北海道には浅い開拓の歴史しかない。大正5年生まれの豊四郎さんには、開拓のきびしさは昨日のことだったであろうし、おそらく彼自身、前世代から受け継いだ開拓魂を、菓子作りという仕事に発揮したのである。
 人との出会いを求め、人に素直に学んで、よいと思ったものをどんどん吸収した。この態度も、開拓者のものといえるだろう。菓子作りはやりがいのある尊い仕事だという信念と、そのためにはあらゆる機会をとらえて知識と新しい発想を学ぼうとする態度を、豊四郎さんは生涯つらぬいた。 
 豊四郎さんが第二世代の開拓者だとすれば、豊さんの開拓精神は第三世代で、中札内美術村がそれを象徴しているようである。残せるときに、六花亭の財産を、生きて活動する形で残していく。その活動が六花亭にも地域の文化にもプラスに作用すればなおよい、ということであろうか。しかし、二代にわたり、きびしい経営のポリシーを持ちながら、お菓子の楽しさを少しも失っていないところが、六花亭の大きな魅力である。

十勝平野の風

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紫竹ガーデン遊華。広々とした敷地の中に2000種以上の草花が咲き乱れるフラワーガーデン。開園期間は4月下旬から10月末。

 市内にある緑ケ丘公園で帯広百年記念館を訪ねたら、ビデオルームで、若いカップルがひと組、熱心に十勝の歴史のビデオを見ていた。全国の資料館を歩いているが、なかなか見られない光景である。 
 帯広観光コンベンション協会を訪ね、たまたま旧幸福駅まで出かけるという職員さんの車に便乗させていただいた。広大な十勝の農地と、落葉松などの長い線をなす防風林、地平線に連なる日高連峰を眺めながら走っていると、どうも十勝は、私たちの考える観光というもののスケールを超えている。そこで、あの小さな小さな旧幸福駅が人を集めているのが、いよいよもって不思議であった。
 途中足をとめた紫竹カーデン遊華は、人気の観光花苑である。花に囲まれた屋外のテーブルでコーヒーを飲んでいると、さえぎるもののない十勝平野の風が、土の香りらしきものを運んできた。

六花亭(西三条店)

帯広市西3条南1丁目1 フリーダイアル 0120(12)6666

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マルセイバターサンド。六花亭を代表する銘菓の一つ。包装紙は、十勝で最初に作られたバターのラベルの複製。
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霜だたみ。チョコレート味のパイでモカホワイトチョコクリームをサンドしたお菓子。食べるとサクリとくずれる。