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洞爺湖は東西約11km、南北約9kmの、ほぼ円形をしたカルデラ湖。湖の南岸に沿って、宿泊施設が建ち並んでいる。一帯は支笏洞爺国立公園に含まれる絶景の地 |
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洞爺湖は東西約11km、南北約9kmの、ほぼ円形をしたカルデラ湖。湖の南岸に沿って、宿泊施設が建ち並んでいる。一帯は支笏洞爺国立公園に含まれる絶景の地 |
洞爺湖温泉に、「わかさいも本舗」を訪ねた。
洞爺湖は、温泉街側から湖を見る限り、幾重もの森に包まれた静かな湖の印象である。背後の有珠山(うすざん)は、その存在を忘れてしまうほど目立たず、むしろ、対岸の彼方に見える蝦夷富士とも呼ばれる秀峰、羊蹄山(ようていざん)の方に、朝夕目を奪われる。
しかし、洞爺湖は、狭いところだとわずか5キロほどの陸地をはさんで、太平洋の内浦湾に接している。つまり、山一つ越えれば太平洋なのだ。その山こそが、ほぼ30年ごとに噴火を繰り返してきた有珠山であり、有珠山と洞爺湖の間の狭い平地に、洞爺湖温泉の温泉街がある。
温泉街の西の端にあるわかさいも本舗の本店で、若狭洋市会長(昭和19年生まれ)にお目にかかった。まず、愚問とは思いながら、この地域の人々が、なぜ噴火の危険を承知でここに住んでいるのか、とうかがってみる。
「いや、2000 年の噴火のあと、人口は減っていますよ。それでも多くの人がここを動かないのは、火山の恵みが大きいからです。火山があることで雄大な景色が生まれ、土地が肥え、温泉が出て、町が栄えてきた。ここの人たちは、30年に一度の噴火くらいは仕方がないと考えているんです」
ここで生まれ育ち、暮らしている人の、有珠山と共生してゆく覚悟である。
「私も世界各地でいろいろな湖を見ましたが、洞爺湖ほど美しい景観の湖は、そうはないと思います」とも。
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有珠山は、20 世紀に4回の噴火(1910、1944〜1945、1977〜1978、2000年)をしている活火山である。国内第1号の世界ジオパークの登録地でもあり、雄大な自然を安全に楽しめる散策路が整備されている |
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昭和新山。昭和18年(1943)12月〜昭和20年(1945)9月に起きた有珠山の火山活動によって、畑があったところに誕生した火山。特別天然記念物 | 三松正夫記念館(昭和新山記念館)。戦争中であったため噴火自体が伏せられ、公式な観測ができなかった噴火の様子を詳細に記録した壮瞥郵便局長の業績を展示紹介 |
今年の5月、わかさいも本舗は創業80周年を迎えた。80年前の昭和5年、創業者の若狭函寿が洞爺湖温泉にやってきて「わかさいも」を売り出した。
「わかさいも」は、さつま芋を一切使っていないのに「さつま芋よりもさつま芋らしい」菓子だ。地元で採れる上質な大福豆の餡をスイートポテトのように形づくり、卵と醤油を合わせたものを塗って、こんがりと焼いてある。この、ごく薄い皮の焼き具合が見事な上に、さつま芋の繊維を感じさせるために金糸昆布を入れるという、絶妙の工夫も施されている。
北海道といえばじゃが芋が名産だが、なぜさつま芋を真似た菓子なのか。
「北海道では、さつま芋が採れません。ですから初代には、さつま芋に対するあこがれのようなものがあって、たとえば大学芋のような菓子が下地にあったんでしょう。もともと、長万部から北に上がったところにある黒松内というところで、『やきいも』という菓子を売っていて、それを洞爺湖に来てから『わかさいも』と改めましたが、長いことかけて改良しているんです。なにしろ、俺は菓子屋じゃない、芋屋だ、と言っていたくらいですから」
若狭さんは、初代の孫に当たる。孫から見た初代の人柄は、
「仁侠の人、とでも言ったらいいんですかね。権力者や偉い人が嫌いで、弱い者、ふつうの庶民が好きでした。職業や肩書きで人を見ることがなく、誰とでも同じ姿勢で付き合った人でした」
さつま芋以上のさつま芋菓子を創案した人物が庶民の味方であったというのは、なにか、うなずける話だ。
「わかさいも」は、80年の歴史をもつ伝統菓子になった。わかさいも本舗の3代目を継いだ若狭さんも、この伝統を守り育てることに力を尽くしてきた。その一方で、伝統菓子をもつ菓子店のジレンマも感じてきた。
「伝統があるが故に、そこからはみ出せない、新しいことを思い切ってできない、ということがあるんです。菓子業界は、菓子そのものも売り方も、新しいスタイルのものがどんどん出てくる。ことに北海道は新しもの好きの土地柄ですから、伝統よりも新しさなんです。私自身は、ずいぶんはみ出したことをしてきたつもりですが、革新を続けていくことは容易ではありません」
若狭会長のはみ出しぶりは菓子以外の意外な分野にまでわたり、現在は地元の観光協会会長なども務め、地域を考えていく仕事に力を注いでいる。しかし、気持ちの根っこは、いつも菓子にある。
最近のわかさいも本舗のヒット商品に、塩味をきかせたクッキー「北海道じゃがッキー」がある。イメージキャラクターには隣町・豊浦町出身のプロボクサー、内藤大助選手を起用。若者向けのコンセプトがパッケージなどにもはっきり表れている。
筆者がここの銘菓で、傑作だと思ったのは、「雄北メロン」。メロン風味のカスタードクリームをスポンジで包んだ蒸しケーキだが、夏場を中心とする菓子として絶品だ。
わかさいも本舗の裏の湖岸には、「北海道洞爺湖サミット宣言の地」というモニュメントが建っている。説明書きに、「モニュメント建設にあたり、故若狭みき様の浄財を活用させていただきました」とあった。若狭みきは、若狭会長の母堂である。洞爺湖に寄せる思いは、わかさいも本舗に代々受け継がれている。
昨年、洞爺湖と有珠山周辺一帯が、「学術的にまた景観的に貴重な地質遺産を、人類共通の遺産として保全し、地域の資源として活用する自然公園」である世界ジオパークに日本で初めて認定された。たしかに洞爺湖周辺は、観察すれば観察するほど、動く山といわれる有珠山の地形、変化の多い景観が姿を現すところである。
洞爺湖の風景は、新しく開かれようとしている。わかさいも本舗も、新たなエネルギーをそこから汲み取っていくに違いない。楽しみである。
北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉142 0142(75)3111
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「私自身はずいぶんはみ出したことをしてきたつもりですが、革新を続けていくことは容易ではありません」
若狭 洋市
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わかさいも | 北海道じゃがッキー |