菓子街道を歩く

ホーム > 菓子街道を歩く 大和郡山・三輪「城門の餅、神前の最中」 No.175

大和郡山・三輪「城門の餅、神前の最中」

郡山城址。10世紀後半に築かれ、16世紀になって筒井順慶が修築。さらに豊臣秀長が兄・秀吉の命で本格的に築城した。戦後、隅櫓(すみやぐら)などが復元され、大和郡山のシンボルとなっている。

金魚のいる城下町

 大和郡山といえば、金魚の産地として有名である。金魚の養殖は江戸時代に武士の副業として始まり、全国に知られた。毎年、この地で行われる「全国金魚すくい選手権大会」は、真夏の風物詩としてテレビでもお馴染みだ。
 町を歩いてみると、奈良には珍しい城下町の面影が残っている。城跡を中心に、古い建物や由緒のあるお寺、掘割などがほど良く点在していて、町歩きが楽しい。
 筒井順慶の築城に始まるといわれる郡山城は、豊臣秀吉の時代、秀吉の異父弟・豊臣秀長が百万石の石高をもって入封した。徳川時代には譜代の大名が何人か封じられたあと、享保以降は柳沢氏が藩主となって明治を迎えている。
 柳沢時代が最も長かったわけだが、当地では町の基礎をつくった秀長の人気がいまだに根強い。城跡にある柳沢文庫や柳沢家の菩提寺永慶寺とともに、秀長の菩提寺・春岳院や秀長の墓・大納言塚、秀長ゆかりの源九郎稲荷神社などは、大和郡山で欠かせない見どころとなっている。

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金魚池。市街地の南側には、住宅のすぐ裏手に金魚の養殖池が広がる。   江戸時代には染物屋が軒を連ねていた紺屋町。染め上げた布や糸をさらしていた水路が道の中央に残る。

秀吉の「うぐいす餅」

 大和郡山には、秀長ゆかりのお菓子がある。本家菊屋の「御城之口餅」だ。当主は、26代目の菊岡洋之さん(昭和41年生まれ)。
「先祖は、天正13年(1585)に豊臣秀長公がこの地に封じられた時、つき従ってきた御用菓子司です。城の大手門の入り口の地所をいただき、店を構えたのが菊屋治兵衛でした。それ以前から菓子屋だったと思いますが、私どもではこの治兵衛を初代としております。
 ある日、その初代に、秀長公から太閤殿下をお招きして茶会を催すので、茶会用の珍しい菓子を調製せよとの命がありました。工夫の末に、粒餡を餅で包み、黄粉をまぶした一口サイズの菓子を作って献上すると、太閤殿下が大変喜ばれ、『うぐいす餅』という銘までくださった。
 そこで、お許しを得て、その『うぐいす餅』を売り出したのですが、店が大手門の前、城の入り口にあったことから、やがて菓子は『御城之口餅』と呼ばれるようになりました。街道に面した、“お城の口”にある菓子屋の“餅”の評判が道行く人々の口コミで広がったのでしょう。店先にお客様が腰掛けられるスペースを設けて、お茶をふるまったと思われる古い茶釜が、今も残っています」
 本家菊屋の店の間口は、奈良の商家には珍しく大変に広く、茶店の面影を残している。

十六弁の菊

 本家菊屋は、生菓子や干菓子など茶の湯の菓子に定評があり、また饅頭や最中などにも銘菓が多い。なかでも「菊之寿」、「菊之宿」、「菊まん」、「菊月」など、菊の紋をかたどったり、焼き印を捺したものが目に付く。
「十六弁の菊の紋は、創業の頃から用いています。十六弁の菊の紋と本家菊屋という文字が入った江戸初期のものと思われる茶釜も伝わっておりますし、店の屋根瓦にまでこの菊の紋が入っているのです。
なぜ菊の紋を用いるようになったかは明らかではありませんが、奈良には皇室ゆかりの社寺がありますので、そうしたところから拝領したものではないかと考えております」
 奈良で最古の歴史を誇るお菓子屋さんである本家菊屋は、お寺の御用も多い。小上がりの壁面や天井にびっしり並べられた菓子型のなかにも、名刹の法要で用いられたものが、たくさんあるそうだ。
 しかし、重い伝統を、若い26代目はあまり感じさせない。真っ直ぐに家業に打ち込んでおられるからだ。
「私のところには家訓を書いた軸が伝わっていて、そこには、ただ正直に、真面目に家業にいそしめ、ということが書かれています。ですから、私自身も余計なことは考えず、本業に専念することにしています。『御城之口餅』は、地元で愛されて伝わってきたわけですから、菊屋はこれからも地元の方々のご要望に応えられる店でなければならないと思っています。新しいことをする時は、しっかり準備してからやって行きます」 
 昨秋10月8日には、奈良市の繁華街に喫茶室を備えた奈良三条通店がオープンした。

神の鎮まる山

 奈良盆地の東端を南北に走る「山の辺の道」は、古墳や古社が道沿いに連なる日本最古の道である。そのほぼ南端にある三輪山は、古代から人々の信仰を集めてきた神の鎮まる聖なる山。三輪山そのものを御神体とする麓の大神神社(三輪明神)は、延喜式の定める大社のなかで最も古い神社である。
 大神神社への最寄駅となるJR三輪駅を出て三輪の町に入ると、落ち着いた町並みが続く。江戸時代、大神神社の門前町として、また大和上街道の市場町・宿場町として発展した三輪は、茶屋や商家が軒を連ねてにぎわった。全国に名高い「三輪そうめん」も当時から盛んに生産されていた名物である。町にはそうした往時の繁栄の面影を残す古い建物が点在している。
 三輪では今、産学官民あげて町づくりに取り組んでいる。神の山としての三輪山を重んじながら、ここを魅力ある町にしていこうという試みだ。町を包んでいる艶やかな印象は、その成果なのかもしれない。

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大神神社(おおみわじんじゃ)。崇神天皇7年(紀元前91年)の創建。本殿はなく、拝殿からご神体である三輪山を仰ぎ拝む古神道の形態を伝えている。

「みむろ」は三諸

 三輪には、そうめんに負けず劣らず全国に広く知られた名物、白玉屋榮壽の作る最中の名品「みむろ」がある。
 白玉屋榮壽は、弘化元年(1844)の創業で、当主は7代目の石河敏正さん(昭和33年生まれ)。本店は大神神社の巨大な一ノ鳥居のすぐ脇、鳥居越しに三輪山を仰ぎ見る場所にある。
「一般的に、神棚というのは南向きに置かれるものですが、このあたりの家々では西向きに置かれた神棚も多くみられます。なぜかといいますと、神棚に向かって手を合わせると、神棚のその先に、町の東側にある三輪山を拝む形になるからです。
 ここは、お山(三輪山)あっての三輪、生活のなかに神様が入っているという土地柄です。
 私どもの初代は榮治といいまして、三輪の里で弘化元年に菓子屋を開業しました。今も築250年ほどになる、その家が残っております。生菓子も羊羮も饅頭も手がけ、最中『みむろ』も初代が創製いたしました」
「みむろ」とは、三輪山の別名・三諸山のことで、この三諸を『みもろ』とも『みむろ』とも発音する。神聖な山の名を菓銘にできたのは、初代が大神神社の調進司という御用を頂戴していたところから許されたのだそうだ。
「江戸時代の史料によりますと、このあたりが宇陀小豆という小豆の産地だったことがわかります。初代もおそらく、これに目をつけて最中を考えたものと思います。
 それにしましても、当時の三輪は人口千人ほどの小さな町、そこで菓子屋という商売を続けていくことができたのは、言うまでもなく大神神社の参詣者と街道を行き交う方々のおかげです。そして評判を頂戴して、店を栄えさせていった一番の売れ筋商品が『みむろ』でした」

飽きられない味

 今、白玉屋榮壽では「みむろ」だけしか作っていない。
「『みむろ』だけで行こうということになったのは、戦後のことです。戦時中から終戦直後にかけては物資が極端に不足して、菓子屋はどこも休業状態にありましたが、材料がなんとか手に入るようになって、まず復活させたのが『みむろ』です。そして、これが大変よく売れたために、統制が緩和されていった段階でも『みむろ』の増産に力を注ぎ、昭和23年には専業を決意。そのまま、今日まできてしまったというのが実際のところです。結果的に背水の陣を敷いたことになり、『みむろ』は飽きられることがあってはならない菓子になりました。
 いつもおいしくなければならない。そのためには、材料を厳選し、無理な機械化をしないことはもとより、店を増やすことも抑えてきています。昭和39年に父が奈良駅からすぐの三条通に店を出しましたが、あとはこの本店のほかに町内にもう1軒あるだけ。多店舗展開をして、どこででも買えることが、飽きられるきっかけになるのではないかと警戒しています。
 ただ、それは決して後ろ向きになっているというのではなく、この町に一人でも多くの方に来ていただいて、『みむろ』を味わっていただければという思いです。そのためにも、これからも三輪の町づくりに積極的に参加していきたいと思っています」
 この秋からは菓子づくりの修業を積んでいた長男・敏和さんが帰ってきて、石河さんのサポートを始めた。
 神の山・三輪山の恵みにあずかり、三輪の町に寄り添って生きて行く。それが『みむろ』の店、白玉屋榮壽の誇りとなっている。

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三輪山(みわやま)。太古から神の鎮座する山「神奈備(かむなび)」としてあがめられてきた。標高は約467m。

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箸墓。三輪山麓の古墳群の一つ。3世紀中頃に築造された全長278m、高さ30mの前方後円墳。卑弥呼の墓との説もある。   三輪の町内には、大神神社の門前町として発展した江戸時代の町家が点在している。石河家もその1軒。

本家菊屋

奈良県大和郡山市柳1-11 0743-52-0035

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菓子作りに専念することを旨に、26代。
私も、次代へと家業をつなぐ一人です。
菊岡 洋之

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店内の小上がり座敷の壁や天井には、菓子の木型がぎっしり並べられている。   御城之口餅

白玉屋榮壽

奈良県桜井市大字三輪497 0744-43-3668

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奈良の田舎の最中しかない店ですが、
「慎の商い」を信条に、
こだわりを受け継ぎ守って、
お客様のご期待に応えていきます。
石河 敏正

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    名物「みむろ」