菓子街道を歩く

ホーム > 菓子街道を歩く 小倉 No.183

白山(松任)「伝統に味わいあり」

小倉城跡。慶長7年(1602)に細川忠興が以前からの城を大改修したもので、南蛮造と呼ばれる最上層を大きく張り出させた天守閣に特徴がある。30年後に小笠原氏が城主となり、そのまま明治を迎えた。昭和34年に再建。

街の変貌

近年、小倉は大きな変貌をとげている。
 まずJR小倉駅が立体化して、九州の玄関口としての堂々たる顔となった。駅の北側に見えている工場群の人工美も圧巻の美しさ。ライトアップされた「工場夜景」は、今や観光の目玉となっている。
 一方で、鍛冶町の森鴎外旧居や小倉城跡の一角に建てられた松本清張記念館、紫川に架かる常盤橋など、小倉の歴史と文化にかかわる遺跡や施設も立派に整備された。 
 小倉は、江戸時代は九州探題として全九州を睨んでいた小笠原氏の城下町であり、明治以降は日本有数の軍都として、また北九州工業地帯の心臓部として栄えてきた。その繁栄のなかで培われた文化の鉱脈を、今、小倉自身が掘り起こしつつある。 
 今回、訪ねた小倉銘菓「栗饅頭」で有名な湖月堂も、小倉の市民に楽しさと夢を与えてきたという意味で、この地の文化を担ってきた老舗である。小倉出身の作家・松本清張が、若き日にデザイナーとして湖月堂のショー・ウィンドーの意匠を手がけたことを忘れがたく誇らしい思い出としていた逸話は、何よりそれを物語っていよう。

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北九州市立松本清張記念館。東京都杉並区の自宅を、外観から書斎や書庫に至るまで、清張が亡くなった当時のままに再現している。小倉は清張の郷里。 (写真提供 北九州市立松本清張記念館)   森鴎外旧居。明治32年(1899)、陸軍第12師団の軍医として小倉に赴任した鴎外が最初に約1年半ほど住んだ家。アンデルセンの『即興詩人』の翻訳をここで完成させたといわれる。

創業者の遺産

 湖月堂は明治28年(1895)の創業。現在の社長は、3代目の本村道生さん(昭和8年生まれ)である。
「初代は小野順一郎といって広島の醸造家の長男でしたが、菓子職人を志して小倉で修業を重ね、独立しました。初代を知る人は誰もが、人柄がよく、非常に頭がよかったと口を揃えて言います。2代目の小野精次郎も父親を『口数が少なく、温厚で包容力豊かな人柄で自然と人を信服させるものがあった』と書いています。写真を見ますと、体も大きくて押し出しがいい。魅力ある人だったのだと思います」
 明治33年(1900)、初代は八幡製鉄所(現・新日鉄)や炭鉱開発で活気づく小倉一の繁華街・魚町に湖月堂の看板を掲げた。
「屋号は、当時小倉に置かれた陸軍第12師団の師団長で、初代が趣味としていた囲碁を通じて知り合った井上光が、源氏物語の注釈書『湖月抄』からつけてくれたものです。優れた人物だったようで、当時、同師団に軍医として赴任していた森鴎外も褒めています」
 そして間もなく、代表銘菓「栗饅頭」が誕生した。
「饅頭の中に、正月の祝儀にも使われる縁起の良い勝栗を入れるというアイデアが、日清・日露の戦争の必勝を祈る市民感情に沿いました。この大ヒットで湖月堂の基盤ができました。すると、初代は菓子屋のほかに食品販売の事業にも進出しました。実は私どもは食品卸の会社も持っておりますが、これも初代の遺産なのです」

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常盤橋(木の橋)。江戸時代、南蛮菓子など西欧の文化が伝わった長崎街道の起点。1995年に架け替えられ新名所となった。 (写真提供 北九州市立松本清張記念館)

お客様に守られて

湖月堂は、血縁者の中から、しかし長子にはこだわらずに後継者を決定してきた。2代目の小野精次郎は三男であったし、3代目の本村さんも精次郎の娘婿だったが、請われて食品卸業を引き受け、やがて菓子店も引き継いだ。
「戦後、日本の流通業はアメリカの近代化、合理化をお手本にして大いに発展しました。しかし、それは厳しい競争の中で仕事をするということです。そして私が引き受けた食品卸のビジネスは、なかでも最も厳しい中間流通の部門にあります。
 一方、菓子屋は、良いものを作るということを第一義に、その地域の風土や文化の中でそれぞれに菓子を生み出し、お客様に買っていただいています。つまり、地域に守られ、日本の文化に守られ、お客様に守られている。そこに喜びもやりがいもあるわけです。私が菓子作りという仕事のありがたさを強く感じるのは、半分、熾烈なビジネスの世界に身を置いているからかもしれません。
 湖月堂では今、『栗饅頭』に続くものとして、パイ生地で小豆餡を包んだ『ぎおん太鼓』と、渋皮栗が丸ごと入った饅頭『一つ栗』が人気です。おいしいものがいろいろある時代に、お客様は"お国自慢"として湖月堂の菓子を選んでくださっている。それにお応えするには、精進を続けていくしかないと思っています」
 いつまでも聞いていたい経営談であった。本村さんのご趣味はテニス。ゴルフでいえば、シングルの腕前である。

湖月堂

北九州市小倉北区魚町1−3−11 TEL:093(521)0753

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地域の銘菓は
お客様に守られています。
本当に幸せな仕事だと
思っています。

木村道生

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栗饅頭   一つ栗