菓子街道を歩く

ホーム > 菓子街道を歩く 金沢 No.188

坂田「京の文化香る 北の港町」

ひがし茶屋街。江戸後期、市中に点在するお茶屋を集めたのが始まり。木虫籠(きむすこ)と呼ばれる出格子のある茶屋様式の町家が並び、国の重要伝統的建造物群保存地区となっている。

新しい金沢、はじまる

 名勝兼六園の唐崎松に掛けられた雪吊りの縄が取りはずされると、加賀百万石の城下町・金沢に本格的な春がやってくる。
 まずは、金沢城を艶やかに染め上げる桜。長町武家屋敷跡の石畳の路地は春霞にけぶり、ひがし茶屋街に並び建つ出格子の町家からは、軽やかな三味線の音が流れ出してくる。
 この魅力満載の古都が、この春、旅人であふれている。3月14日に北陸新幹線が開業したのだ。東京‐金沢間が2時間半。関東人には「行きたいけれどちょっと遠かった」街がぐんと近くなった。
 金沢駅に降り立った観光客を出迎えるのは新しい駅のシンボル「鼓門」の威容。街に繰り出せば金沢21世紀美術館などの新たな観光スポットも、グルメを喜ばせる山海の幸も、伝統文化に根ざし、現代人の感性にも響く多彩なお土産品も目白押しで並んでいる。
 今回の菓子街道は、新時代を迎えた金沢に、銘菓「柴舟」で知られる菓子舗、柴舟小出を訪ねた。

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金沢駅。旅人に雨傘を差し出すイメージで設計された「もてなしドーム」と能楽の鼓をイメージした「鼓門」が古都の新しいランドマークとなった。   金沢城公園と兼六園。百万石の城下町・金沢の歴史と文化のシンボル。特に春の石川門界隈の景色と、日本三名園の一つでもある兼六園の冬の雪吊りは圧巻の美しさ。

「柴舟」へのこだわり

 柴舟小出の歴史は大正6年(1917年)、初代の小出定吉が駄菓子屋を開いたことに始まる。
 昔から金沢には、煎餅を生姜入りの砂糖蜜にドボンとくぐらせて乾かした「しばふね」と呼ばれる駄菓子があり、定吉も同様のやり方で作り、匁何銭の計り売りをしていた。
 そのお菓子を、金沢を代表する銘菓「柴舟」へと変身させたのが、2代目の弘夫。現在、店を率いている小出進さん(昭和24年生まれ)の父君である。「第二次世界大戦が終わり、砂糖などの統制が解除されると、父はすぐに新しい菓子としての『柴舟』の創作に没頭し始めました。
 特に、この菓子の命ともいえる生姜蜜については材料に金沢城公園と兼六園。百万石の城下町・金沢の歴史と文化のシンボル。特に春の石川門界隈の景色と、日本三名園の一つでもある兼六園の冬の雪吊りは圧巻の美しさ。★もこだわり抜き、生姜は国産の上物を選び、砂糖はほとんどの菓子屋が代替甘味料で菓子を作っていたこの時代に、高価な本物を使いました。菓子の姿も試行錯誤を続けました。1枚1枚、手作業で生姜蜜を刷毛で塗って仕上げる方法もそうした中ら生まれたものです。
 とはいえ、昭和25年頃に当店が1枚5円で売っていた『柴舟』の原価は、4円85銭。その日の売り上げで、翌日の材料を買うような商売です。もちろん、そのままでは続けられません」
 やがて、値段を上げることになったが、それで客離れが起きるようなことはなかったという。何の変哲もなかった地域のおやつ菓子が銘菓に変身した楽しさと、『柴舟』の枯淡の風情は、金沢らしいお土産として大評判になった。そして何よりも、お菓子そのもののおいしさが、茶の湯に親しみ、お菓子にも一家言を持つ金沢の人々の心をしっかりつかんでしまっていたのだ。

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犀川。かつては一部が金沢城の外堀にも転用されていた。同じく市街を流れる浅野川を「女川」と呼ぶのに対し、「男川」と呼ばれている。河畔には金沢ゆかりの室生犀星の碑も建つ。   金沢21 世紀美術館。2004 年に開館した現代アートの美術館。開放的な展示とユニークな企画で観光客にも大人気のスポットとなっている。

菓子のかたち・音・味

 「柴舟」は、掌にすっぽり納まる小判型の煎餅だ。両端に軽い反りが入っているのは、市内を流れる犀川や浅野川をかつて往来していた柴を運ぶ小舟をイメージしたもので、菓銘の由来でもある。
 表面には白砂糖がハケで丁寧に塗られており、うっすらと雪を掃いたようで気品が漂う。雪景色の中を音もなく川を下っていく小舟を描いた水墨画の世界である。
 2枚を打ち合わせると、カンカンと高く乾いた音がする。職人たちはこの音で煎餅の硬度を確かめるそうで、手で割ろうとしても予想外に硬い。しかし頬張ると口の中でほどなく溶ける。そして、まろやかな甘さが口中に広がったと思った瞬間、ピリッと生姜の辛味が後を追いかけてくる。
 滑らかな舌触りのこの生姜蜜は、今も創製当時と同様に蜜を摺り合わせるという独自の製法で仕込んでから使われているそうだ。

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近江町市場。300 年近く金沢の食文化を支えてきた市民の台所。日本海の魚介類や、最近注目の加賀野菜などを旅のお土産に。

金沢のお菓子はいいですね

 柴舟小出は再来年の2018年に創業100周年を迎える。この間、「柴舟」をはじめ「不老仙果」や「山野草」「栗法師」などの銘菓を数々、世に送り出してきた。また、正月の「福梅」などの季節ごとのお菓子や茶の湯の生菓子、冠婚葬祭のお菓子など、金沢の人々の生活に寄り添うお菓子も作ってきた。
 そうした菓子作りの拠点となっているのが平成23年に竣工した、いなほ工場だ。「新工場を建てたのは、昨今の、食の安全に関する高度な要求に応えるために効率の良さだけではないクリーンな製造現場が必要になってきたからです。しかし和菓子というのは、すべてを機械で作るとおいしくなくなるでしょう。そこで新工場では最新鋭の製造ラインを整えながらも、要所要所に手仕事の場を残しました。新商品の開発なども、いなほ工場で行っています」
 北陸新幹線の開通により、今、金沢では土産菓子の開発合戦が起きている。「もちろん私たちも、後継者である専務を先頭に、多くのスタッフがアイデアを持ち寄って試作を重ねています。ヒット作は欲しい。しかし、浮足立ったものを作れば必ず失敗します。新幹線の開通というビッグチャンスに加え、創業100周年を迎えるこの機会に、当社の次の柱となる菓子を、そして金沢らしい菓子を作っていくことが、うちの使命だと考えています」
 柴舟小出の姿勢を表す言葉が、パンフレットに掲げられている。
 「金沢のお菓子はいいですね」
 自己主張を抑えた慎ましい言葉に、百万石の城下町金沢の菓子屋のおおらかな誇りが宿っている。

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「柴舟」は、煎餅にハケで生姜蜜を手塗りして仕上げられる。


柴舟小出

金沢市野町3 − 2 − 29(本店) 076(243)2331

お客様に喜んでいただけるお菓子を作っていく——。
これまでもこれからも、ただ、その一点だけを考えています。   小出 進
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柴 舟   山野草