ホーム > 菓子街道を歩く 京都御所 No.196
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京都御所の承明門越しに見る紫宸殿と左近の桜。事前申し込み無しで参観できるようになったため、歴史の舞台が身近になった |
富小路通、高倉通、夷川通…優雅な名前の付いた「通」が碁盤の目のように交差する、京都御所の南の界隈。住宅や商店が入り混じり、暮らしのにおいが漂う街並みのあちこちに、さりげなく、時代を感じさせる店構えが佇む。看板に立体文字が浮き出ている家具屋さん。豆菓子の専門店。お香の店、漆器の店、陶磁器の店。散歩していて、なんだか心が穏やかになる街だ。
この街の一角に、蕎麦板やそば餅で知られる菓子と蕎麦の老舗「本家尾張屋」の本店がある。車屋町通に面して奥ゆかしくしつらえられた入口には、白地に「寶」の文字の暖簾。明治初期の建物に、幾星霜を眺めてきたと思われる泰山木の巨木が似合う。
ここは、老舗の多い京都の町でも、老舗中の老舗。戦国時代の始まり「応仁の乱」の2年前の1465年に、尾張から来て、菓子製造にあたったと文書にある。江戸中期、京都の禅寺で蕎麦切りが食されるようになったのがきっかけで、「練る・伸ばす・切る」の技術を持っていた菓子屋が注文を受けるようになった。1700年頃から蕎麦を商い、禅寺へ納めたり、「御用蕎麦司」として御所に納めたりした。550年の歴史を経て、今は菓子と蕎麦、どちらも店の看板商品になっている。
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京都迎賓館の「桐の間」。海外からの賓客を京料理でもてなす「和の晩餐室」だ。ときには芸妓さんや舞妓さんも彩りを添える | 京都国際マンガミュージアムの開架書棚。読みたかったマンガ、懐かしいマンガ、珍しいマンガを目指して、老若男女が引きも切らない |
蕎麦を始めた頃の稲岡傳左衛門を初代として、現在の16代目当主が、稲岡亜里子さん。カメラマンというもう一つの仕事を持つ40代を迎えたばかりの女性は、老舗の当主としては異彩を放つ。
十代から海外で何かできることを見つけたいと思い、両親を説得して16歳の末にアメリカに留学した。西海岸の高校を経てニューヨークの芸術大学で写真を専攻、卒業して女性のポートレートを得意とする写真家になった。CMやファッションの世界で、順調にキャリアを築いていたが、2001年の米同時多発テロで転機が訪れる。ニューヨークに住んでいて、それまでの平和な現実が目の前で壊れるのを見た。ファッションのようなキラキラした世界が遠ざかり、ビョークの歌などを通じて好きだったアイスランドの自然に引き付けられた。そして、何年も現地に通って撮り続けた写真が本になって見直した時、ふと「京都っぽいなあ」と感じた。
幼稚園の行き帰りに母と一緒に見た、広沢の池に山と空が映る風景。苔、石、水や、見えないけれど存在を感じる神様と先祖。宇宙の大きさにつながるようなアイスランドの自然は、故郷ともつながっていた。
両親の子供たちへの教育方針は「好きなことを見つけて仕事にしなさい」だった。家業を継ぐと思っていた弟は、海外で映像関係の仕事に就き、妹は現代アートの世界に。友人に「アメリカの歴史より古いお店だなんて。亜里子が継いだら」と言われた事も背中を押したかもしれない。
30代を迎えて日本に拠点を移し、カメラマンの仕事を続けながら、健在だった14代目の祖父、15代目の父から仕事を学んだ。祖父と父が亡くなり、当主を継いでからもう2年以上たつ。ご主人・子供とともに京都に住み、帳場の奥からお客の様子を見守るまなざしも、板についてきた。
「祖父と父は、蕎麦に力を入れて、店を大きくしました。京都高島屋に支店を出した時は、本店と同じ水が使えるよう、わざわざ井戸を掘ってもらったそうです。そのくらい伝統の味に気を遣いました。私も、店の味は子どもの頃から食べていてわかります。
蕎麦板は材料を硬すぎず柔らかすぎず、ごく薄く延ばさないと、ほかにはない食感と甘みを出せません。そば餅は、実際は蕎麦の饅頭ですが、京の地下水でゆっくりと餡を炊くことにより、なめらかな口当たりになっています。昔と変わらないかたちで職人さんがちゃんと仕事ができる体制でやっていきたい。
ただ菓子は13代目で新商品が止まっています。先祖の残してくれたものに、その時代時代で何かを付け加えてゆくのが老舗のやり方。オリジナルの黒ごま蕎麦板に抹茶、ピーナッツなどの新しい味は作りましたが、私の代では時代に合った全く新しい蕎麦菓子を作りたい」と亜里子さん。
カメラマンとしての経験を活かし、アーティストの妹さんも手伝って、蕎麦粉を原料にした新しい菓子が近い将来、形になるようにと試行錯誤を続けている。
口に含んだ蕎麦板、そば餅は、ほのかな香りと素朴な甘みで食べ飽きない。ここにどんな新しいおいしさが加わるのか、楽しみだ。
本家尾張屋から烏丸通を渡って徒歩1分の至近に、「京都国際マンガミュージアム」がある。明治2年開校の市立龍池小学校の、昭和初期に建てられた元校舎を利用し、約30万点のマンガや関連資料を集めた、珍しい博物館兼図書館。収集したマンガは単行本を中心に常時5万冊が書架で公開され、来館者が自由に手に取って読むことができる。
マンガミュージアムから北へ10分も歩けば、京都御苑。手入れの行き届いた松の緑と、歩道に敷き詰められた砂利の感触がすがすがしい。
御苑の北寄り中心部を占める「京都御所」は、昨年から見学の手続きが簡素化され、月曜日と年末年始、行事のある日を除いて、誰でも事前申し込みなしで入場できるようになった。入口の手荷物検査所を通り抜ければ、紫宸殿、清涼殿、小御所や御学問所などを庭から拝観できる。
悠久の歴史の舞台をのぞいた後は、平成17年にできた東隣の「京都迎賓館」で、現代の日本建築・美術の粋を味わうのもよさそうだ。
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京都市中京区車屋町通二条下ル TEL 075(231)3446
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「菓子は13代で止まっている。
だから私の代では
新しい菓子を作りたい」