菓子街道を歩く

ホーム > 菓子街道を歩く 鎌倉 No.197

京都御所界隈

鶴岡八幡宮。康平6年(1063)、奥州を平定した源頼義が、ご加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺に祀ったのが始まり。現在の本殿は徳川家斉の造営によるもの。

古都鎌倉

「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」。鎌倉幕府成立を問われて、こう答えるのは昭和の人間らしい。諸説あるようだが、いまどきの受験対策では「いい箱(1185)つくろう」と教えるそうだ。
 神奈川県鎌倉市。三浦半島の付け根に位置する街は、南に相模湾を配し、東西と北の三方を山に囲まれた天然の要害だ。源頼朝が東国支配の拠点にこの地を選んだことも納得がゆく。
 今、鎌倉は日本を代表する観光都市の一つとなっている。若い人でにぎわう小町通り。鶴岡八幡宮へと参道「段葛」が延びるメインストリートの若宮大路。住宅街に足を踏み入れても、しゃれた飲食店や雑貨店が次々に現れて、鎌倉は散歩が楽しい。
 どこの家も庭木がよく手入れされていて、山の木々の間からは鳥の声が聞こえてくる。海が近いからか、空も明るい青をしているように感じられる。そんな町なかに、古寺名刹が点在している。古都という言葉がこれほどしっくりとくる街は、そうないだろう。

守り続ける銘菓

 若宮大路の二の鳥居脇に、「鳩サブレー」で知られる豊島屋が本店を構えている。重厚な印象を抱かせる建物。白亜の壁に、鳩サブレーの文字が躍る。
 豊島屋は、明治27年(1894)の創業。初代・久保田久次郎が鎌倉で出土した瓦をモデルにした「古代瓦煎餅」を考案して人気となり、店の基礎が固まった。
 創業まもない明治30年頃、店を訪れた外国人からたまたまもらった大きな楕円形のビスケットを食べ、初代はそのおいしさに驚き、ひらめいた。「これからの子どもたちに喜ばれる味は、これだ」。
 この出会いが鳩サブレーの原点。鳩の形にしたのは、初代が崇敬していた鶴岡八幡宮の本殿に揚げられている額の「八」の字が鳩の抱き合わせになっていることにちなんだものだそうだ。それから百有余年、鳩サブレーは、鎌倉の銘菓として全国に広く知られる商品となった。
 現在の当主は4代目の久保田陽彦さん(昭和34年生まれ)。大学卒業後、銀行に4年勤めて豊島屋に入社した。
「子どもの時から、商売をしたいと思っていました。商人の父の背中を見て育ったので、自分もそうなりたいと」入社してすぐに鳩サブレーの工場に入り、それから十数年間は製造現場。平成10年(1998)に、本店・本社の建て替えに合わせて本店長に就任した。

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鎌倉五山の第一位、建長寺の国宝「梵鐘」。寺の創建当時の様子を今に伝える数少ない貴重な遺構。   鎌倉は、山あり海ありと自然に恵まれた街。夏の浜辺は首都圏から訪れる海水浴客でにぎわう。


 社長になったのは平成20年(2008)のこと。多くの現場を経験するなかで、商品に対する強い自信が培われた。
「サブレーに関しては、どこにも負けないという気持ちで作っています。だてに百年焼いていません。でも、一方で、まだまだ美味しくできるとも思っているんです」  卵を筆頭に、日々品質が変化する材料を扱いながらも、初代が試行錯誤を重ねて辿り着いた粉やバター、卵の配合率“わり”を変えず、お客様がいつ食べても同じおいしさを感じられるよう作っているという。
「よく、鳩サブレーはほとんどオートメーションで作っているんでしょと言われるんですが、工場をご覧になったら驚くと思いますよ。今でも多くの工程が人の手に依っています」機械を入れてもレシピは昔と変えず、人が機械を使いこなしている。
「でも、大事なのは鳩サブレーの味は、工場だけで作られているわけではないことです。菓子を包装する人、配達する人、店頭で売る人、いろいろな人によって守られている味なんです。
 ですから私も、企業家ではなく商人でありたい。経営者ではなく、あきんどでいたい。ずっとお客様第一で考えられる店主でありたいと思っています」鳩サブレーは、豊島屋が自信を持って作る菓子。発売から百年以上守られてきた菓子の味と形が、人々に愛され続けている。

笑顔あふれる店に

 本店は、1階が広々とした売り場となっていて、鳩サブレー以外の菓子にも目を奪われる。
「小鳩豆楽」は鳩の形の可愛らしい落雁。「きざはし」は苔むした鎌倉石の石段の趣きを写した求肥の菓子。「雪の下」「段葛」「鎌倉五山」「松ヶ岡」など、鎌倉の地名をつけた和菓子も人気だ。上生菓子も鎌倉の季節や自然を題材にしていて評判がいい。
「豊島屋の菓子は、鎌倉の歴史や地域性、和の暦などを大事にしています。和菓子ですから伝統的な製法、型を守ることに価値がある。その姿勢を崩さずに作っています」  一方、豊島屋は平成26年に駅前の「扉店」でパンの製造・販売を始め、さらに翌27年には洋菓子専門店「置石」をオープンさせるなど革新的な展開を見せている。
 また、本店の一角では鳩グッズ「鳩これくしょん」が販売されていて、これが「かわいい!」と観光客に大人気。正月に本店限定で売り出される鳩サブレーの箱は、さらに遊び心が満載で、凝りに凝ったデザインを毎年楽しみにしているファンも多いという。楽しむときは徹底して楽しむ、それが久保田さんの信条だ。
「鎌倉に住む人、鎌倉を訪れる人、鎌倉で働く人がみな笑顔になる街にするには、まず豊島屋から楽しくしなければ。わくわく仕事ができるような店にしたいと思っています」
本店の2階は鳩巣と名付けられたギャラリーで、主に先代が世界各地で集めた、鳩をモチーフにした工芸品や絵画が展示され、ほっとできる空間になっている。窓の外には、昨年改修を終えたばかりの段葛の若々しい桜が、やさしい木陰をつくっていた。

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豊島屋 Toshimaya

鎌倉市小町2−11−19  0467(25)0810

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「経営ではなく商売をしたい。 お客様第一で考えられる 店主でありたい」

       久保田陽彦


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