ホーム > 菓子街道を歩く 金沢 No.204
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兼六園。代表的な林泉回遊式大名庭園で、日本三名園の一つに数えられている。冬には雪吊りの松、春には桜、初夏にはカキツバタなど四季折々に楽しめる。* |
北陸新幹線が、長野から金沢まで延伸したのが、いまからちょうど4年前。東京−金沢間が乗り換えなしで2時間半の距離となり、訪れる人が増え、金沢の町が変わった。
「活気が出た」「企業がやってきた」「外国人観光客が増えた」という声が聞こえる一方、「ホテルの予約が取れない」「タクシーが足りない」「食材の値段が上がった」とのうわさもある。
いずれにしても、新幹線の延伸は、これまでの他地域でのケースに比べても、はるかに明確な影響を地元に与えている。
金沢駅の新しいショッピングモール「あんと」のレジの前は、いつも人だかりがしてにぎやかだ。
金沢の主な和菓子屋や工芸品店の商品を網羅した売り場で、市内・御影町に本店を置く金沢うら田の「加賀八幡 起上もなか」も人気商品の一つ。赤い包装紙に、ピンクのほっぺの童子の顔と松竹梅のめでたい模様。華やかでかわいい形状は、金沢の郷土人形「加賀八幡起上り」を模している。なかには7個入りの箱の真ん中に、ちょっといたずらのように本物の人形が一つ、もなかと入れ替わった楽しい詰合せも。
金沢うら田のホームページの会社案内欄に、『うら田今昔』と題した社史が掲載されている。創業80年の歴史を率直、平易にまとめた読みごたえのある文章だ。
現社長の祖父にあたる創業者が金沢の町のパン屋で懸命に修業し、やがて暖簾分けでパンの販売を始め、戦前戦後の幾多の困難を乗り越えながら和菓子を作るようになり、息子、孫へと受け継いできた過程を淡々とした筆致で描く。それは、一つの家を取り巻く人々の努力の記録であると同時に、加賀百万石の城下町の歴史の一角を生き生きと物語っている。
和菓子を本格的に作り始めた初代は、「柴舟」で知られる同じ金沢の柴舟小出の主人の示唆を受けて「加賀舞づる」を創作。昭和30年に販売を始めた「加賀八幡 起上もなか」も、郷土玩具店の「中島めんや」の主人と知り合いだったことが商品化につながった。こんなところにも、金沢の老舗同士のご縁がうかがえる。
2代目は、火事による工場全焼からの再建を担い、今に続くロングセラー商品「さい川」を開発。さらに和菓子も洋菓子も売る店舗や大型ショッピングセンターなどへの出店と、老舗の形を整えた。
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金沢城。江戸時代に加賀藩主・前田氏の居城として築かれた。石川門と三十間長屋、鶴丸倉庫(すべて重文)を残して、明治時代に火災で焼失したが、近年、櫓や門、庭などが次々に復元整備されている。写真は復元された五十間長屋。* | 鈴木大拙館の「思索空間と水鏡の庭」。仏教哲学者・鈴木大拙の考えや足跡を伝えるとともに、来館者自らが思索する場として利用することを目的につくられた。設計は、谷口吉生。若者や外国人の姿も目立つ。 写真提供:鈴木大拙館 |
当代の社長・浦田東一さんは、ただいま56歳(昭和37年生まれ)。座右の銘は、「今、ここ、私」だ。「先のことを考えすぎず、毎日を大切に、今、この瞬間にやらなくてはならないことにしっかりと目を向ける」という意味だという。
日々、お客様への言葉遣いや対処の仕方、店のポップの表現一つにも気を遣う。菓子作りも、手作業を大事にしつつ、最近では餡の状態などを科学的に数値化し、商品を均一化することに苦心している。
「加賀八幡 起上もなか」の包装紙にも、一工夫をした。初代が考案して以来、人形の衣の色はずっと白かったが、ある年の贈答期、詰め合わせ用の彩りに赤い衣を着せて入れてみたところ、女性従業員たちが「普段も赤がいい」。その声を拾い上げたのが、今の形だ。結果、新幹線延伸も相まって3倍近い売り上げになり、総売り上げの4分の1を占める主力商品になった。社内の日々のコミュニケーションの賜物だった。
歴代それぞれが看板商品を送り出してきたなか、浦田さんが創案した「愛香菓」は、アーモンドとレモン、シナモンの香りが口の中で溶け合うちょっと洋風な和菓子。パン屋から始まった「うら田」のルーツを踏まえた一品だ。
さらに新商品の「どんつくつ」は、しっとりと甘いサツマイモを使った乳菓。金沢の茶屋街で、芸妓さんが叩く太鼓の音を菓子銘にした土産菓子で、今年2月初旬に発売を開始した。
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金沢の季節を映す生菓子にも力を入れている。 |
新幹線の延伸効果を生んだのは、もともと金沢が「文化と食」という、人を惹きつける要素を持っていたからだとも言える。兼六園の整った美しさは、外国人も含め、たくさんの観光客が楽しんでいる。
金沢城公園では加賀藩三代藩主・前田利常公の作庭以来、歴代藩主によって手を加えられてきた「玉泉院丸庭園」の再生整備が終わり、いにしえの姿を取り戻した。
金沢城公園からほど近い鈴木大拙館は、金沢が生んだ仏教哲学者・鈴木大拙の足跡を伝える施設。自然の森を背景にした鏡のような池の水面に、ときおり人工の波紋が立ち、来館者を深い思索へと誘っている。
石畳の両側に出格子の連なる「ひがし茶屋街」は、老舗の出店や趣のあるカフェが増えて老若男女でにぎわい、一方、浅野川を挟んで向かい側の主計町茶屋街は、昔のままのたたずまいを残して、しっとりとした情緒が漂う。
金沢の夕暮れを味わいながら駅へ向かう道すがら、ふと気になる店が。赤い看板に「めんや」の文字。まさしくそれは「加賀八幡 起上もなか」の原型になった起上り人形の「中島めんや」本店。店内には、土地の神楽で使うお面などと共に、大小さまざまな起上り人形が並んでいた。
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*印の写真提供:金沢市
石川県金沢市御影町21-14
TEL :076(243)1719
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加賀八幡 起上もなか | 愛香菓 |
金沢の自然と歴史と
文化に学び、
人の心をふわりと和ませる
うら田ならではの菓子を
創っていきたいと思っています。