菓子街道を歩く

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松江

異人館が立ち並ぶ北野町から眺める神戸の街。グルメもショッピングもハイセンスな港町だ。

 「神戸で方角を聞かれたら、山か海かで答えるねん」
 生粋の神戸っ子の友人がそう言っていた。たしかに神戸のデパートに行くと、案内表示に「山側」「海側」と書かれている。神戸は、北の六甲山地と南の大阪湾に挟まれた東西に広がっている街だから、東西南北で言われるより、この方がずっとわかりやすい。
 山と海に加えて、もう一つ神戸の街をつくっている要素が「風」だ。著名な作詞家の松本隆が東京から神戸に移り住んだのも、この街に吹く風にひかれたからだとか。「風立ちぬ」を松田聖子に歌わせた人だ。
 また、世界の¢コ上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の舞台も神戸市周辺。高校時代まで過ごしたこの街が、村上ワールドに色濃く影響を与えたことは間違いない。
 さらに、阪神タイガースの有名な球団歌は「六甲おろし」。
 街のすぐ近くに山があって、海があるから、清々しい風が生まれる。

120年の歴史

神戸港は昨年、開港150年の節目を迎えた。日本有数の港の間近にある元町商店街は、長さ1キロ余りも続くアーケード街。交通の便が良い上に、中国料理店がひしめく南京町やヨーロッパの都市のような街並みが続く旧居留地、さらにカフェや雑貨店が点在して若者に人気の乙仲通りなども隣接しており、いつもにぎわっている。
 全国区の人気を誇る銘菓「ゴーフル」で知られる神戸凮月堂の本店は、この元町商店街の中ほどにある。
 当主は7代目の下村明久さん(昭和46年生まれ)。大学院卒業後、フランスに渡り、7年間にわたって菓子と料理を学んで帰国。昨年6月に社長に就任したばかりだ。
 神戸凮月堂は明治30年(1897)の創業。初代は東京の米津凮月堂で洋菓子を修業した後、現在の元町本店のある場所に店をオープン。その際、凮月堂の総本店から暖簾分けの印として「凮月堂」の名をいただいた。そして、  「おかげさまで、平成29年に創業120年を迎えました。歴史の重みを感じながら、どこに向かって進んでいくべきかを日々考えています」と下村さん。
 看板商品のゴーフルも、洋行帰りのお客様が「こういう菓子を作ってはどうか」と焼き菓子を持ち込んだのをきっかけに試作が始まり、昭和2年に商品化された歴史を持つ。サクサクと香ばしい薄焼きの生地にバニラ・ストロベリー風味・チョコレートのクリームがサンドされ、口の中でほろほろと溶けていく独特の食感が人気。いろいろなデザインの「ミニゴーフル」やコーヒー・紅茶・抹茶のクリームをサンドした「ゴーフル・オ・グーテ」などの姉妹品も好評だ。
 しかし、「もっとおいしく」と試作は続いている。20代を菓子作りに捧げた若き当主は、今も時間を作っては工場に入っているという。

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中国料理店や雑貨店などが軒を連ねる「南京町」。秋の中秋祭や新年の春節祭などイベントも多彩。   ウォーターフロントの風景も美しい神戸。夜景もロマンティック。
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元町駅から神戸駅まで1.2qにわたって延びる「神戸元町商店街」。約300店舗が立ち並び、創業100年を超える老舗も約20店ある。

挑戦者のDNA

 歴史の重みを感じながらも、伝統にとらわれない挑戦者の気概こそが神戸凮月堂の「伝統」かもしれない。
 初代は神戸から東京へ洋菓子を学びに行き、下村さんの父で、3代目の下村光治氏はホテル事業などに挑戦。母で4代目となった下村俊子さんは音楽イベントをはじめとして神戸の街を活性化させる様々な事業にボランティアで取り組んだ。そして当代が、今、模索を続けているのが、「食糧としての菓子」のあり方だ。
 たとえば災害時、菓子を食べることで元気になっていただけるのではないか。そうしたときに必要とされる菓子はどんなものなのか。それは阪神・淡路大震災を経験したからこそ浮かび上がった課題であり、戦争を体験した母・俊子さんが「平和でないとお菓子は作れない」と、折に触れて言い続けてきたことへの答えにもつながる挑戦だ。
 「つまり、菓子屋としてどう社会へ貢献できるか、ということです」

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戦後活躍した、電気式手焼き用ゴーフル焼き機

神戸に「凮月堂」あり

 就任して1年余りだが、すでに下村さんが主導した新しい菓子が誕生している。
 昨年秋から期間限定、本店限定で売り出したのが「抹茶『玉雲』と和栗のパウンドケーキ」。同じ元町に店を置くお茶の老舗「放香堂」の最高級抹茶をふんだんに使った商品で、しっとりとした生地の中に大粒の和栗が丸ごと入って贅沢な味わい。
 また、百貨店のイベントでは和菓子部門の職人と洋菓子部門のパティシェがコラボした創作菓子が大評判になった。
 「お客様が喜び、菓子を作る者たちも喜ぶ菓子を創っていきたいですね。東京の凮月堂総本店はもうありませんが、そもそも江戸時代に和菓子屋として世に認められた店でした。その暖簾を継いでいるという誇りも込めて、現代の人々にもっと和菓子に注目していただけるような挑戦をしていきたいと思っています」
 元町本店の店内には、洋と和の菓子が仲良く並んでいる。そして今、神戸凮月堂の菓子はアメリカやアジアに出荷され、国を超えて多くの人の心をつかんでいる。
 元町本店を出て山側へ歩く。旧居留地と北野の異人館街を結ぶトアロードの坂道周辺には、しゃれたレストランやブティックが並ぶ。
 坂を上りきると、山からの風が疲れを癒やしてくれる。振り返れば、神戸の港と海が見えるはずだ。そこは世界につながっている。

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神戸凮月堂 Kobe‐Fugetsudo

兵庫県神戸市中央区元町通3-3-10
TEL :078-321-5555

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海を向いている神戸は、
挑戦する風土、土地柄です。
「もっと、おいしい」菓子を。
そのためにやれることは
まだまだあると思っています。

       下村明久


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ゴーフル   抹茶「玉雲」と和栗のパウンドケーキ