名物というと、昔から「名物にうまいものなし」という言葉が言われてきました。名物にいちゃもんをつけるつもりは全くありませんが、何となく納得してしまうところにこわさがあります。そもそも名物とは何でしょう。
名物、名所は、有名なもの、有名な所ということです。というわけで名物と名所は結びつくことが多いのです。
たとえば塩釜というお菓子があります。古いお菓子で、すでに江戸時代からありました。みじん粉の打菓子ですが、甘味の中に塩がきいていて、口中でもろもろと溶けてゆく感触が何かとても懐かしさを感じさせます。塩のかたまりのような白さと塩の味わいから塩釜の名ができたのでしょうけれど、いつの頃からか陸奥国一の宮として尊崇されてきた名所・塩竃神社のあたりの名物菓子となっています。
「名物にうまいものなし」と同じ言い方に、「名所に見所なし」という言葉があります。名所というのですから絶景であるとか、歴史上有名であるとか、見ごたえのある名作があるとか、何かなければならないはずですが、古代の名所はまさに名ばかりで実体もないような所も少なくありません。
その典型が歌枕です。たとえば青森の善知鳥などは藤原定家の和歌にも詠まれ、謡曲の題名にもなっていますが、実際に北辺の善知鳥神社を参詣した古代・中世の文芸家はいなかったでしょう。歌枕は、いわばバーチャルな名所です。でも、バーチャルであるからこそ、さまざまなイメージが広がって文芸や絵画のテーマになりました。
名所には由緒がついてきます。その所にまつわる物語です。この物語が日本人は大好きです。むしろ実体よりも物語好きといってもよいでしょう。名物も同じこと。いわく因縁、故事来歴といいますが、長々とした由緒書がついている名物菓子も少なくありません。由緒を読みますと、厄除けの功徳があるとか、長寿が保てると書いてありますから、お菓子も一段とおいしく感じられます。
京都の上京区にある上御霊神社は名前からして御霊とありますように、怨霊のたたりを払う信仰の神社です。その鳥居の前に小さな小さなお菓子屋さんがあって、唐板という菓子一種だけを売って商売をしています。どうということのない薄甘い煎餅ですが、何とも上品でいかにも伝統が生きている深みが感じられます。もうすでに五五〇年くらいの歴史があって、はじめは神社の神饌だったともいわれますが、今は厄除けのお菓子でもあり、茶の湯の干菓子に欠くことができない一品となっています。
茶の湯の干菓子といえば如心松葉という名菓が、やはり京都にあります。これは表千家七代家元の如心斎が好んだという物語があって、創作されたのは一七三〇年頃です。有名人の創作名物菓子として早いでしょう。これは、所ではなく、人にまつわる物語で名物が誕生した一例です。
というわけで、日本人の名物、名所、伝説好きはお菓子によくあらわれますが、もう一つ理屈をこねてみましょう。
名物は全国のそれぞれの土地の特産品です。そして、その多くは土産物となります。十八世紀に活躍した大坂の文人・木村蒹葭堂は実に交際の広い人で、全国から訪問客が絶えません。その人々がお土産を持ってくると、そのお土産についているチラシやラベルを手元の帳面に張り込みました。『諸国板行帖』という蒹葭堂の貼交帳の中に、たくさんの菓子のラベルが登場します。北は東北地方のアラレがあるかと思えば、南は九州のカステラがあるという調子です。
今も我々は地方へ行くと、その土地の名菓を求めます。私はその習慣の原点は、その土地その土地の産土神の霊力をいただくことではないかと思います。産土神というのはふるさとの守り神、その地域のすべてを産み出す力の根元となる神様です。産土を逆にすれば土産。まさに産土の霊力から生まれた名物を土産にして、贈り物にもするし、自らもいただくからありがたいのではないでしょうか。
名物は、うまいということだけではなくて、その土地独特の味わいがあって、いわばふるさとの産土の力をいただくことで元気になるところにも、大切な意義があるのではないでしょうか。
菓子: | |
しおがま | /九重本舗 玉澤(宮城県仙台市) |
あんころ餅 | /圓八(石川県白山市) |
カステラ | /e砂屋(長崎県長崎市) |
御饅頭 | /鶴屋八幡(大阪府大阪市) |
1943年、東京生まれ。国立民族学博物館名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、静岡文化芸術大学学長。茶道史、料理文化史を中心に幅広く日本文化を研究。主な著書に『日本料理の歴史』(吉川弘文館)、『文化としてのマナー』(岩波書店)、『茶の湯の歴史――千利休まで』(朝日新聞社)、『小堀遠州茶友録』(中央公論新社)、『後水尾天皇』(中央公論新社)、『茶の湯日和』(里文出版)ほか多数。「和食」文化の保護・継承国民会議(平成25年7月に「日本食文化のユネスコ無形文化遺産化推進協議会」から名称改変)会長。