芭蕉は「奥の細道」の長い旅の途中、東と西で2箇所だけ温泉に泊まっている。東は福島県の飯坂温泉、西は石川県の山中温泉であった。
飯坂ではまんじりともしなかった芭蕉だが、山中温泉ではゆっくりとくつろげたようだ。
「温泉に入った。ここの温泉の効能は有馬温泉に次ぐといわれている」と書き、
山中や
菊もたおらぬ湯の匂(にほひ)
と詠んでいる。
その山中温泉の名物菓子といえば、山中石川屋の「娘娘万頭(にゃあにゃあまんじゅう)」である。
山中石川屋は、明治38年、山中温泉に湯治客相手の土産物店を開いたのに始まり、昭和初期には銘菓「河じか」を創製、戦時中も軍に羊羮をおさめるなどして、のれんを守り続けてきた。
「娘娘万頭」を誕生させたのは、昭和34年、2代目の石川外次郎である。「にゃあにゃあ」とは若い娘を指す加賀言葉だという。現在の当主は3代目の石川光良さん。山中石川屋の近代的な経営を進めた人だ。
「娘娘万頭」12個入りを開いてみる。ベージュの落ち着いた包装紙を解くと、こけしの娘さんがにっこり笑っている箱。蓋をあけて、ずらりと並ぶ小判型のまんじゅうを見ると、個包みには、かわいらしいかんざしがあしらわれていた。4個ずつケースに入れて、しっかりとパックしてある。土産物などに使われる菓子だけに、安全性に留意していることがよくわかる。
一ついただいてみて、おや、このなつかしい味はなんだったかな。しおりの説明を読んで、皮に味噌が使われていることを知り、納得した。黒糖と味噌の香り、この皮は絶品である。餡はあっさりと甘すぎず、口に溶ける漉し餡。
これが加賀の娘娘(にゃあにゃあ)の気立てのよさか、と感心しつつ、いつの間にか2つ、3つと。
*註『奥の細道』では「山中や菊もたおらぬ湯の匂」となっていますが、芭蕉が山中温泉で詠んだ原句は「菊はたおらじ」です。
文/大森 周
写真/太田耕治
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