松江といえば宍道湖を思い浮かべるが、松江と出雲を含む地域は、日本海の荒海に洗われる、ゆるやかな形をなす半島でもある。この神話に彩られた島根半島が、古代日本の中心地の一つであったことは、周知のとおりだ。
島根に打ち寄せる日本海の波は美しい。東山魁夷画伯が皇居新宮殿の壁画に、岩に砕ける潮を描くにあたって島根の海に取材したのも、日本創世の地の海原に引きつけられるものがあったからであろう。
松江の老舗・風流堂に、「朝汐」という銘菓がある。形からして腰高で気韻の感じられる饅頭だが、明治23年に風流堂を創業した初代が、島根の海に砕け散る朝潮をイメージして創案したものであるという。自然薯を用いた真っ白な皮から、中にたっぷりと詰まった皮むき餡が一点透けて見え、景色をなしている。
風流堂は、2代目が復元した松平不昧公好みの打ち菓子「山川」によって全国に知られる店で、現在の当主は4代目の内藤守さん。内藤家は、菓子業に転ずる前は松江大橋のたもとで廻船問屋を営み、何代も続いた商家であったという。
さて、8個入りの「朝汐」の“装い”を観賞してみよう。包装紙は、まさに内藤家の故地ともいうべき江戸時代の松江大橋が、切り絵風の図で表されたものである。橋を中央に、松江城も伯耆大山も描き込まれている。
包装紙を解くと、上品な灰青色の中央に同系の色でやや濃く、青海波の模様が円窓風に刷り込まれた箱が現れる。箱には墨で「元祖朝汐」の風雅な文字と店名。
次いで、箱を開け、一瞬「おやっ」と思う。棹ものが2本入っているように見えるからである。実はそれぞれに4個ずつ饅頭が収まっているのだが、棹のデザインがまた箱と形も色も関連させた円窓の青海波で、思わず見とれてしまう。棹の一方を押すと、中から「朝汐」の並んだ小箱がするすると出てくる。
「朝汐」は、割ってみると、皮と餡がしっくりと溶け合っている。皮にほのかな自然薯の香りがして、甘みが感じられる。餡は、あっさり甘さの皮むき餡とはいいながら、十分に甘い。かつて俳人の中村汀女が、このお菓子の「塩加減に感心する」と書いたのは、おそらく「朝汐」の甘さの秘密を言い当てたものであった。
甘党としては、一つではとてもおさまらない菓子である。
文/大森 周
写真/太田耕治
松江市白潟本町15
TEL 0852-21-2344