金沢が、京都に次ぐ、和の文化を伝えてきた都市であることは、誰もが知るところである。芸能、工芸、文芸などに第一級の水準をめざす土地柄であり、和菓子もその例外ではない。
数ある金沢の伝統銘菓の一つに、「柴舟」がある。柴を積んだ舟をかたどった反りのある小判形の煎餅で、生姜味のきいた白砂糖の爽やかな甘さは、かつて和菓子を愛好した俳人・中村汀女も絶賛した。今回ご紹介するのは、その「柴舟」の店として知られる柴舟小出の銘菓「新菓苑」である。
柴舟小出は、大正6年(1917)に小出定吉が創業し、2代目の小出弘夫が金沢の郷土銘菓の「柴舟」に工夫を加え、新しい命を吹き込んで成功した。現在は3代目の小出進さん(昭和24年生まれ)が、金沢和菓子の伝統の上に立って、さまざまな新しい試みを展開している。
「新菓苑」は、名勝兼六園にちなんで創作された菓子で、金沢ならではの遊び心にあふれた優雅な逸品である。早速、8個入りの包みを開いてみることにしよう。
まず、包装紙は黄の地色にワレモコウ、ナデシコ、ツルバラなどが散らし描かれていて、「雪国や苑の名草の芽も揃ふ」という俳句が3行に分かち書きされている。絵も俳句も、作者は黒田桜の園(本名・尚文)。桜の園は、金沢で歯科医を営むかたわら、水原秋桜子門下となって俳句をよくし、絵も日展に連続入選するなど、昭和の金沢の文化サロンを築いた一人として知られる人物。さすがに力の抜けた、楽しい絵だ。
包装紙を解くと、水草と、水の上に花びらが散り落ちているような絵柄をあしらった箱が現れる。蓋を開けると、寝かせるように積められた8個の個包みが美しい。3種類ある個包みにまた、絵と菓名が入っていた。
白椿の絵が入った〈戸室〉は、兼六園の雪見橋などに使われている戸室石を表している。中身は2段重ねの砂糖たっぷりの打ち物。白い桜の花の絵の入った〈曲水〉は、兼六園の亀甲橋にちなんで6角形の形をした、粒餡をゼリーで包んだ菓子。〈傘の雪〉には、野菊の絵が描かれ、中身は兼六園の唐傘山に雪の積もった風情を写した焼菓子の饅頭である。
「新菓苑」の装いは、こうして文字で書くとやや繁雑になるが、実際には繊細で、かわいらしい。菓子一つひとつの味わいはこの上なく上品で、いただきながら金沢の話題が盛り上がること請け合いだ。
文/大森 周
写真/渡部健五
石川県金沢市横川7-2-4
TEL 076-241-1454