ホーム > 資料に見る和菓子 第九回 No.205
旅の思い出や趣味をテーマに、スクラップブック(貼り込み帳)を作る方は、今でもいらっしゃると思います。江戸時代から近代に至るまで、菓子の商標や栞の収集をよく見かけるのは、美味しいものを食べた喜びを記録したいためでしょうか。古い貼り込み帳をめくることには、タイムカプセルをあけるような楽しみがあります。 『捃拾帖』(東京大学総合図書館蔵)は、博物学者・田中芳男(一八三八〜一九一六)による、江戸時代末から大正時代まで約百冊の貼り込み帳です(図1)。収集テーマは無く、あらゆる紙が、ほぼ年ごとにまとめられています。商品のラベルやカタログはもとより、カレンダーや絵葉書、会合の招待状や入場券類、普通なら捨ててしまいそうな荷物の送り状やダイレクトメール、骨から外した団扇の紙まで。今となってはこの雑多さが、むしろ時代を伝える、貴重な史料といえるでしょう。
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面白いのは菓子の拓本が二十点以上も見られること(図2・3)。落雁や煎餅に紙をあて、柔らかな墨でこすって、形や表面の模様を写しとるので、菓子の大きさもわかります。民俗学者の山中共古も、日記に煎餅の拓本をたくさん残していますので、写真が一般的でなかった時代の学者には、珍しいことではなかったのかもしれません。
明治時代中頃から大正時代にかけての商標類には、ローマ字などを多用したモダンなデザインも多く見られます(図4)。右上のコインのような柄は博覧会等での入賞を示すもので、これもこの時代の特徴の一つ。表彰状そのものをデザインした広告もあって、入賞が店の誇りであり、お客様へのアピールにもなったことをうかがわせます。
珍しいのは「変味保険」と書かれた紙片(図5)でしょうか。製造年月日や賞味期限の記載が義務付けられるのは昭和になってからのことですが、明治二十四年(一八九一)に、すでにこうした試みがあったのですね。美しい商標(図6)や、パッケージの開け方を説明する味わい深いイラスト(図7)も。同じ商品のラベルが何年にもわたって貼られることで、意匠の変遷がわかることもあり、気になる史料を紹介していったら、本が一冊書けてしまいそうです。
このほか有名な貼り込み帳に、落語家、入船扇蔵の収集による「懐溜諸屑」(国立歴史民俗博物館蔵)があります。天保から安政(一八三〇〜六〇)頃の瓦版や商標約三四〇〇点が貼り込まれた二十八冊の史料です。「商牌雑集」(国立国会図書館蔵)は酒や煙草、暦ほかジャンル別に分けた三十冊の史料。菓子は十三冊目で、砂糖・団子・汁粉などが別冊にあります。
今回ご紹介した史料は、すべてインターネットで公開中です(「商牌雑集」は一部制限あり)。貼った人の気持ちに思いをめぐらせたり、菓子の味を想像したりしていると、時間を忘れてしまいます。
ぜひ閲覧してお楽しみください。
田中芳男・博物学コレクション『捃拾帖』
東京大学総合図書館蔵
URL:https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/tanaka/page/home
今村規子(虎屋文庫 研究主幹)
昭和48年(1973)に創設された、株式会社虎屋の資料室。虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集、調査研究を行い、機関誌『和菓子』の発行や展示の開催を通して、和菓子情報を発信しています。資料の閲覧機能はありませんが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしています。HPで歴史上の人物と和菓子のコラムを連載中。
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