菓子街道を歩く

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月世界本舗ロマンあふれる「銘菓」を伝えて

 富山は、江戸時代に越中前田家が治めて本格的な城下町を形成し、発展した街。「富山の薬売り」で知られる製薬・売薬業も2代藩主が推進したものだ。薬を入れる薬瓶から、ガラス製造業も栄えた。*写真協力:富山市観光協会


立山を仰ぐ環境都市

 富山県富山市。人口約41万人の県都は、南に標高3千m級の立山連峰を仰ぎ、北に水深3千mを超える富山湾を抱いている。旅の目的は雄大な自然と豊かな海山の幸……そんな想いで富山駅に降り立った観光客は、改札を1歩出たところで目を見張るだろう。駅構内の、すぐ目の前から色とりどりの路面電車が次々に発着しているのだ。
 実は、富山は「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」で国内外に知られた環境先進都市。交通網を整備して、住みやすい街づくりを進めている。
 もちろん、観光客にとっても、このシステムはありがたい。駅の南にある繁華街や富山城へも、北前船交易で栄えた豪商の屋敷が建ち並ぶ海沿いエリアへも路面電車で一本。さらに川や運河を行く観光船や24時間利用できるシェアサイクルなど、様々な乗り物で巡る旅は、楽しく快適だ。
 建築ファンなら、日本一美しく居心地がよいとウワサの富山市立図書館もおすすめ。目の保養をしたあとは、すぐ近くの月世界本舗へ。富山土産に「月世界」は、はずせない。
 アーケードの下、大きなガラス扉を開けて、当主の土井聡人さんを訪ねた。

富山で120年余

——創業120年余。明治からの歴史をつむぐ店ですね。
「明治30年(1897)に金沢の菓子店で修業を積んだ吉田栄吉が店を開いたのが始まりです。
 当店の代表銘菓・月世界は、この初代が創った菓子で、明け方、立山の上に浮かぶ月を見て着想を得たと伝わっています。その当時はもちろんですが、今でも他に類を見ない独創的な和菓子だと思います」

——初代が創り上げた菓子を、代々の当主が磨いてこられた。
「2代目の栄一郎も、3代目を継いだ義父の栄一も、戦中戦後は大変な苦労をしたようですが、そうした中で商品を月世界だけに絞ることで、この菓子に力を注いできました」

——そして土井さんで4代目。どういう経緯で、この店に入られたのですか?
「高校の同級生と結婚したのですが、その人が先代吉田栄一の長女だったんです」

繊細!「月世界」

——誰もが憧れるご縁です(笑)。
「ただ、店を継ぐ気持ちはまったくなかったんです。それが、ある日、先代の隣で長年、店をきりもりしていた妻から『手伝ってもらえたらすごく助かる』と。
 実は、月世界の製造は門外不出で、当時は身内のみで作っていましたので、妻が意を決して口にした、店の存続をかけた相談だったのです。それで、製造なら手伝えるかな、と。
 子どもの頃から野球をやっていて、勤めていた地元の信用金庫でも社会人野球で国体や天皇杯を目指していましたから、体力だけは自信がありましたし」

——いかがでしたか?
「大変でした(笑)。月世界は製造工程がシンプルですから、頑張れば何とかなるかと思っていたのですが、これがとんでもなく繊細な菓子でして……」

―月世界は、どのように作られているのですか?
「まず、和三盆・白双糖・上白糖と寒天を煮て蜜を作ります。そこに泡立てた卵白と卵黄を加えて型に流し、冷凍庫で冷やして適度な硬さになったら、長方形に切って乾燥機に入れます。温度を微調整しながらゆっくり乾かしたら、8等分に切って出来上がりです」

―乾燥の工程が重要なところでしょうか。
「季節によって、天候によって、最初から高温にしたり、じわじわ温度を上げていったり。ここまでするのか、というほど細かく調整します。私も、もう30年この菓子を作っていますが、梅雨時などはピリピリしています。
 月世界は、口に入れた時はパキッと硬いのですが、すぐにジュワッと溶けて、消えるようになくなります。
 硬くてもだめ、軟らかくてもいけない。最近ようやく、この菓子が少しわかってきたかなと感じています」

みそ入大垣せんべいの写真

富山を代表する銘菓「月世界」。パキッと割れるが、そのまま口の中で溶けていく。日本茶はもちろん、コーヒーにもよく合う。

田中裕介さんの写真

「田中屋せんべい総本家」社長、田中裕介さん。 1974年、大垣生まれ。青山学院大学経済学部卒。大学時代からスキーのエアリアルの選手としても活躍。3児の父。

代を継いで

——仕事は毎朝、何時頃から始められるのですか?
「朝6時に工場に入って準備を整えて、菓子作りを始めるのが7時ぐらいから。午後1時頃に昼休憩をとって、また工場に入って4時ぐらいまで。店に出てきて事務仕事などに取り掛かるのは、それからです。
 製造一筋でやってきた工場長が、このたび、そのまま社長になったというわけです」

銘菓を作り続けて

——先代が2021年に亡くなり、コロナ禍の中で社長就任。大変な時期の交代でしたね。
「従業員を一人も辞めさせたくないと、なんとか踏ん張っています。お土産需要は多少増えてきましたが、地元の方がまだまだ動き出されていない。
 そこで、店先で月世界の切れ端を売り始めました。この菓子を知らない人に、目を留めていただきたいという想いから。そして、この菓子を知っている人に、味を忘れてほしくないからです。安価で出していますので儲けはありませんが、切れ端を買われた若いお客様が再来店されて、『子どもの頃に食べたお菓子でした!』などと思い出話とともに商品を買ってくださったりすると、嬉しいですし励みにもなります。
 こうしたささやかな試みが、やがて芽吹いてくれたらと願っています。120年続いた菓子をなくすわけにはいきませんから」

——可愛らしいパッケージが本店の店頭に並んでいます。
「菓子そのものは変えずに、今の人が手に取ってくれる方法を考えて、県の助成金を利用した事業でイラストと詩を描いた6パターンの新しいパッケージを作りました」

——「月世界」がさらに多くの方に楽しんでいただけますね。
「30年前、この店に入って、初めて月世界を作った時の緊張や感動を今も忘れていません。今日も、『こうやって作って』『ここは気をつけて』と、昔教わったことを唱えるように作っていました。これからも同じです。
 この菓子で勝負をしていきたい。20年先も30年先も、変わらず、月世界を作っていたいと思っています」

6種類あるバラエティーパック。「月世界」と「まいどはや」は同じ大きさなので、自由に4つを選んで入れられる。本店だけでの取り扱い。

田中裕介さんの写真

「まいどはや」。和三盆糖のやさしい甘みが特長の、マシュマロに似た和菓子。菓子銘は富山の挨拶言葉。

和三盆糖を使った干菓子「新甘撰」。北陸新幹線開通に合わせて創られた。

月世界本舗

富山県富山市上本町8−6
TEL :076(421)2398
http://www.tukisekai.co.jp/

田中屋せんべい総本家の写真

*バックナンバーも、このサイトでご覧になれます。
ぜひ、おいしくて心にしみる「菓子街道」の旅をお楽しみください。