和菓子探検

ホーム > 和菓子探検(10) 行事のなかに息づく新粉細工 No.223

行事のなかに息づく新粉細工

 米は日本人の常食。近年は米粉にも新たな注目が集まり、ケーキやパンなど用途の広がりを見せています。和菓子の世界では、うるち米の粉は「新粉」(*)と呼ばれ、団子や外郎、柏餅などに使われる、主要な原材料の一つです。

 さて、新粉と聞くと、かつて縁日の人気者だった新粉細工を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。新粉生地(新粉を湯で練り、蒸して捏ねたもの)を指先や鋏を使って細工し、注文に応じて動物や果物を作ります(図1)。餅に比べて加工がしやすく、ベタつかないので、右下の写真のような皮を剥いた蜜柑なども表現できます。

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新粉細工の蜜柑
(作成:小川三智之助、
撮影:溝口政子)

 残念ながら、今では縁日で目にする機会はほとんどありませんが、新粉細工自体は、実は各地の行事で重要な役割を担っています。これは、「米」が日本人にとって神聖な存在で、特別な食べ物とみなされてきたことが大きく関係しているといえるでしょう。米から作る団子などのお供え物が、段々と工夫され、色や形の凝った細工物になっていったと想像されます。

 たとえば、新潟県十日町市で一月に開催される節季市の名物、「ちんころ」は、子犬やその年の干支をかたどった三pほどの新粉細工(図2)。一つひとつ手作りのため形や表情に個性があり、屋台にずらっと並んださまは心が和みますね。買い求めた「ちんころ」は、厄除け招福の願いを込めて家の中に飾ります。

図 1,2

図1 新粉細工の模型(作成:小川三智之助 虎屋文庫蔵)
技術保存のため、新粉細工職人の故・小川三智之助氏に作成していただいたもの。
新粉細工の器に新粉生地を切ったものを盛り付けた「寄せ鍋」(中央)は、黒蜜をかけて食べる。

図 3,4

図2 節季市に並ぶ「ちんころ」(写真提供:一般社団法人 十日町市観光協会)
「ちんころ」とは子犬のこと。午前中には売り切れるほどの人気だそうだ。

 秋田県湯沢市の二月の犬っこまつりに並ぶのは犬形の「犬っこ」(図3)。やはり手のひらに載る可愛いサイズで、泥棒除けのおまじないとして玄関や窓に置かれます。

 また、岡山県瀬戸内市の牛窓では、八朔(旧暦八月一日)に雛人形を飾って女の子の成長を祝いますが、その際に「ししこま」と呼ばれる新粉細工を作ります(図4)。
海の幸、山の幸が色とりどりに用意され、非常に華やかです。

図3「犬っこ」の根付

図3「犬っこ」の根付
持ち帰って長く楽しめるよう、
新粉入りの樹脂粘土で作った土産品もある。

図4 上:ししこま作りの様子

図4 左:ししこま作りの様子
  (撮影:岡國太郎)
   右:ししこま
  (写真提供:一般社団法人 瀬戸内市観光協会)

 対して、新潟県魚沼市堀之内の「はと飾り」は、素朴な造形が印象的(図5)。新粉製の鳩をモミジの枝につけたもので、二月十一日の、雪中花水祝という子孫繁栄を祈願する行事の縁起物です。本来は、小正月の行事だったようで、豊穣を祈る餅花、繭玉の系譜に連なるものでしょう。

 これらは地域の人々によって大切に作り続けられてきました。集まって共同で作業を行うことで、連帯感や信仰心が育まれてきたのでしょう。現在も保存会などにより地域の子どもたちへの伝承が進められているそうで心強いですね。

 ちなみに、大形のものとして、香川県善通寺市ほかに見られる「だんご馬」があげられます(図6)。八朔の馬節句に、その年生まれた男の子へ新粉細工の白馬を贈ります。なんと一斗(約十五s)の米を使い、一mを超えるものもあるのだとか。

 

 今回ご紹介したのはごく一例に過ぎず、その土地ならではの新粉細工が多数あると聞きます。ご存知の情報があれば、ぜひお知らせください。

図5 はと飾り/お菓子吉田屋

図5 はと飾り/お菓子吉田屋
(撮影:溝口政子)
地域の複数の店や保存会で作られている。

図6 だんご馬/山地製菓

図6 だんご馬/山地製菓
(写真提供:善通寺市)
ガラスの眼を入れ、紅白の手綱や色鮮やかな帯で美しく飾られる。


※敬称略

*粒子の細かい順に、上用粉、上新粉、新粉と呼び分けられる。

参考
亀井千歩子著『縁起菓子・祝い菓子 おいしい祈りのかたち』淡交社、2000年。
溝口政子・中山圭子共著『福を招く お守り菓子 北海道から沖縄まで』講談社、2011年。

所 加奈代(虎屋文庫 研究員)

虎屋文庫のご紹介

昭和48年(1973)に創設された、株式会社虎屋の資料室。虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集、調査研究を行い、機関誌『和菓子』の発行や展示の開催を通して、和菓子情報を発信しています。資料の閲覧機能はありませんが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしています。HPで歴史上の人物と和菓子のコラムを連載中。

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