ホーム > 和菓子探検(8) 菓子を撒いて厄除招福! No.220
家を新築する際の上棟式(建前とも)で、屋根から餅や菓子を撒くことがあります(図1)。最近は見かけることが少なくなりましたが、どんな菓子が降ってくるのか、たくさん拾えるのか、楽しみにしていた人もいたのではないでしょうか。餅や菓子を用意するのは、神様に供えるため、そしてこれらを撒くことで災厄を払うことができるとされ、上棟式のほか、祭礼や祝いごとなどで見られます。なかには珍しいものもありますので、ご紹介しましょう。
「大工上棟之図」より
図2は、紀州(和歌山県)の蛭子神社(現・水門吹上神社)の新嘗祭(*1)の様子を描いたもの。屋根の上から男が搗きたての巨大な餅を投げ落としており、それを境内にいる大勢の人々が手を伸ばし、我先にとちぎり、奪い取ろうとしています。屋根には盥に山盛りになった丸餅もあるので、このあと撒くのでしょう。
男が投げた巨大な餅は「牛の舌餅」という名であることが同史料からわかります。牛の舌餅は、楕円形にのした餅のことで、各地の神社でも供物として用いられていますが、ここまで巨大なものは、なかなかなさそうです。水門吹上神社では現在も十一月二十三日の新嘗祭で餅を撒いています。奉納される餅は総量三六〇sにもなるとか。もちろん牛の舌餅も用意されますが、安全に配慮して、小ぶりに切ったものにしているそうです(*2)。
図1「大工上棟之図」 国立国会図書館蔵
屋根の両側で餅を撒いている。
図2 『紀伊国名所図会』後編巻1(1838)より
国立国会図書館蔵
図3は岐阜県郡上市の長滝白山神社の、一月六日に豊作を願って行われる六日祭(花奪い祭)で奉納される「長滝の延年」の「酌取り」の一コマ。古の宴会を表現した演目で、舞台の中央には「菓子台」が据えられ、丸餅、爆米、干柿、栗、胡桃などがのせられます。演目の終了とともに、演者や神社関係者によって撒かれ、手にすることができると縁起が良いとされます。「菓子」といっても、現在のような甘い加工品が一つもないので、不思議に思われるかもしれません。かつて「菓子」は木の実・果物を指し、古い献立記録などでも、干柿や栗ほかが多く使われています。由緒ある祭で、昔の食文化のおもかげが残されている、貴重な事例といえるでしょう。
図3 上は長滝の延年の「酌取り」。
下は舞台の中央に置かれた菓子台で、演目終了後、台上の餅類は参加者に撒かれる。
画像提供:白山文化博物館
愛知県豊橋市の安久美神戸神明社で二月十一日に厄除招福を願って行われる鬼祭では、鬼が飴を撒きます。赤鬼と天狗が闘う神事の最後、追い詰められた鬼が小袋に入れた飴や大量の粉(うどん粉)をまぶした飴を撒き散らしながら逃走、町内を回るというものです(図4)。これらは「タンキリ飴」と総称され、食べたり、粉を浴びたりすると、病除けになるとされることから、鬼たちのあとについて、もらったり拾ったりしようとする「追っかけ」の参加者も多いとか。赤鬼のほか、天狗や小鬼たちも分担するため、飴は一t、粉も二t以上になるそうです(*3)。
一般に菓子を撒く行事は、神事などの最後か、一番盛り上がった時にだけ行うパターンがほとんどですが、鬼祭の場合は終日続きます(*4)。鬼たちと一緒にどこまでも町を歩いてみたくなりますね。
各地の行事は二〇二〇年にコロナ禍に巻き込まれて以降、中止や規模縮小が続きましたが、最近は再開したり、以前の規模で行なったりするところも目立つようになってきました。今回ご紹介した行事も、これまで以上に参加する人々が増えていくことでしょう。
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図4 鬼祭の様子。右は境内で飴が撒き散らされた瞬間。 左は、町を練り歩く赤鬼と祭の参加者。『春を呼ぶ、鬼と天狗とタンキリ飴 豊橋鬼祭。』より 画像提供:豊橋市図書館 |
*1 稲の収穫を祝い、来年の豊作を祈願する祭礼。
*2 『産経新聞』和歌山版、二〇一七年十一月二十四日。
*3 図4同書、豊橋市広報広聴課、二〇一四年。なお、飴ではなく、あられやクッキー、落花生を撒く地区もある。
*4 同市で七月に行われる「豊橋祇園祭」でも町内各所で饅頭が撒かれている。
森田 環(虎屋文庫 上席研究員)
昭和48年(1973)に創設された、株式会社虎屋の資料室。虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集、調査研究を行い、機関誌『和菓子』の発行や展示の開催を通して、和菓子情報を発信しています。資料の閲覧機能はありませんが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしています。HPで歴史上の人物と和菓子のコラムを連載中。
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