ホーム > 和菓子探検(12) どこもかしこも「ふ」の字尽くし No.225
豊原国周
「〔有卦絵〕金性の人」
(1866)より
東京都立中央図書館蔵
福助とお多福が、三宝や船を手に微笑む錦絵(図1)。江戸時代末期から明治時代に流行した、「有卦絵」の一つです。
陰陽道の考え方では、人間は五行(木火土金水)のいずれかに属し、それによって吉運、凶運に入る年が異なるとされます。吉運が続く時期を「有卦」といい、七年間、万事が吉方へ向かうとされ、逆に「無卦
」には五年間、凶運が続くと考えられていました。この「有卦」に入る人に、より一層福をもたらすものとして贈られたのが、有卦絵です。
有卦を祝う際には、三宝や「有卦船」と呼ばれる船に菓子を飾る風習があったので、ここに描かれているのも菓子と考えてよいでしょう。三宝には二股大根、ふくら雀、笛などが見え、船は筆を帆柱に、富士山、袋(巾着)、福寿草、分銅、振袖と、頭に「ふ」が付くものが揃えられています。「福」を連想させるためか、「ふ」の字尽くしは大変縁起の良いものと考えられていました。
図1 歌川豊斎「(有卦絵)」(1906)虎屋文庫蔵
有卦菓子は7個を1組として用意したという。有卦船は福女(お多福)、あるいは帆の「福」の字を、三宝は福助を含めて「ふ」が7つになるよう意識したものだろうか。
菓子の製法書である『実験和洋菓子製造法』(一九〇五)によれば、こうした「有卦菓子」は有卦入りした人が神棚や床の間に飾るもの。打物や有平糖(飴菓子の一種)、雲平(砂糖に寒梅粉を混ぜた生地を薄く伸ばして型抜きしたもの)などで作るといいます。普通のものは経木製の三宝に、少し良いものは麦わらで編んで綺麗に細工した船に、さらに上等なものは砂糖で作った船に載せて売られたとあり、値段により、仕様も変わったようです。
図2 虎屋の『幸袋』(右)と『福寿草』(左)
袋(巾着)や福寿草は、縁起の良いモチーフとして、菓子の意匠に好まれる。
図3(次頁)の男性は、有卦船を床の間に飾ろうとしているところでしょうか。筆、袋、分銅は先の絵と同様で、右端の植物は二葉葵に見えます。面白いのは、絵全体が、これでもかという程「ふ」の字尽くしとなっていること。三幅の掛軸の右は富士山に登り龍、中央に福助、左には風船で上昇する人物が描かれています。風船は、明治二十三年(一八九〇)、英国人スペンサーが横浜公園で行った興行をイメージしたもの。軽気球で上昇し、落下傘(現在のパラシュート)で降下するパフォーマンスが大評判となりました。さらに襖には二見浦(三重県伊勢の景勝地)の絵、床柱に藤の花、床の間には「福」の字入りの鉢に植えられた福寿草が置かれる徹底ぶりです。贈られた人は、絵の中に「ふ」が付くものを探して楽しんだことと思います。
「ふ」の字尽くしの有卦祝いの風習がいつ頃広まったのかは不明ですが、江戸時代の幕府や諸藩では、すでに「ふ」の付くものの贈答が行われていました。幕府御用をつとめた菓子屋・金沢丹後の記録には、有卦用として、二股大根や富士山、藤などの干菓子や有平糖が確認できます(『金沢丹後江戸菓子文様』)。
図3 歌川国貞(3世)「〔有卦絵〕金性の人」(1891) 東京都立中央図書館蔵
男性の羽織にふくら雀の紋、女性の着物の模様にふくべ(瓢箪)が見える。中央の掛軸には、蜀山人の狂歌(「有卦に入る 数は七年 何事も 笑ふて暮せ ふふふふふふふ」)も。
ちなみに、虎屋に残る宮中の有卦・無卦祝い(*1)の記録には、「ふ」の字尽くしではなく、「百味菓子」(図4)が見えます。百味とは、一○○種類の菓子、あるいは多くの菓子の意(*2)で、専用の百味箱に入れて用意されました。一段二十個を五段重ねて計一〇〇個。枠のサイズから、一個の菓子が、現在の店売り生菓子の約三倍(一五〇g)はあったと考えられ、驚きです。文化九年(一八一二)光格天皇の有卦明き(「無卦」を避けた言葉)の御用記録(図5)には、菓銘だけでなく意匠の墨書きもあります。虎屋と同じ禁裏(宮中)御用菓子屋の二口屋と共同で納めたため、細かく記録を残したのかもしれません。
残念ながら、現在では有卦祝いの風習は廃れていますが、お祝い事の折には、「ふ」の字尽くしの菓子を用意してみるのも楽しいかもしれませんね。
図4 虎屋の百味箱(複製)と百味菓子(再現)
図5 有卦明きの御用記録
「御百味御菓子之銘書」(1800〜31)より虎屋黒川家文書
右から、千代の鶴、萬狩、笠牡丹、東籬
*1 災いを転じる意味で、無卦にも祝い事を行った。
*2 鯛や梅干しなども取り交ぜて用意された。
参考
「福よ来い!占い・厄除け・開運菓子」展 小冊子、虎屋、二〇〇四年。
河上 可央理(虎屋文庫 研究主査)
昭和48年(1973)に創設された、株式会社虎屋の資料室。虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集、調査研究を行い、機関誌『和菓子』の発行や展示の開催を通して、和菓子情報を発信しています。資料の閲覧機能はありませんが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしています。HPで歴史上の人物と和菓子のコラムを連載中。
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