和菓子探検

ホーム > 和菓子探検(4) 東海道の珍名物?猿が馬場の柏餅 No.216

東海道の珍名物?猿が馬場の柏餅

柏餅

 柏餅が、男児の成長を祝う端午の節句の菓子として定着したのは、江戸時代後期のことです。柏は新芽が出るまで古い葉が落ちないことから、子孫繁栄と結びつけられ武家の間で好まれたといいます。現在まで続くその風習によって、柏餅といえば端午が連想されますが、実は、季節を問わず販売された柏餅もあったことを、ご存じでしょうか。

 江戸時代、参勤交代のため街道が整備されたことにより、庶民の間でも、寺社参詣を目的とした旅が徐々に盛んになっていきました。お伊勢参りの流行で特に往来が多い東海道沿いには、茶屋が設けられ、名物菓子も生まれています。鶴見(神奈川県)の米饅頭、宇津(静岡県)の十団子、草津(滋賀県)の姥が餅等が知られ、猿が馬場の柏餅もその一つでした。
 猿が馬場は、白須賀宿近辺(現在の静岡県湖西市)の地名ですが(*1)、天保四年(一八三三)頃に歌川広重が東海道五十三次シリーズの二川(白須賀の隣の宿。現在の愛知県豊橋市)に柏餅屋を描いて以降(図1)、二川のイメージが強くなったようです。

図1 歌川広重「東海道五拾三次之内 二川 猿ヶ馬場」(1833頃)
メトロポリタン美術館蔵
左側に「名物かしハ餅」の看板が見える。

(拡大図)

 さてこの柏餅、現在の節句の菓子と同じものなのでしょうか。古くは万治二年(一六五九)頃の『東海道名所記』に、「あづきをつゝみし餅、うらおもて柏葉にて、つゝみたる物也」とあるほか、江戸時代後期以降の双六のコマにも葉に包まれた菓子の姿が見え(図2)、今と変わらない印象です。一方で、「東街便覧図略」(一七九五序)では平たい二色の餅の中央を窪ませ餡を載せたもの(図3)、『草まくら』(石川雅望、一八〇四年の紀行文)では葉に包まない菓子とされ、史料により異なっています。広重の錦絵には茶屋が複数描かれたものもあるので(*2)、店による違いがあったのかもしれません。

図2 双六の白須賀、二川のコマ いずれも柏餅が描かれている。
左から「東海道遊歴双六」(1852年後修、東京都立中央図書館蔵)、「五十三駅春興双陸」(年代不明、国立国会図書館蔵)、「東海道五十三次名物寿語六」(明治時代、東京都立中央図書館蔵)より。

 意外なのは、これほど有名だったにもかかわらず、味の評判がよくないことです。道中日記と呼ばれる、当時の人々の旅の記録を見ると、「たゞざく〳〵として糠をかむがごとく、嗅みありて胸わろく、ゑづきの気味頻なれば」(『東行話説』、一七六〇年)と吐き気を催していたり、「大気にまづし、色黒し」(鍋屋嘉兵衛の道中記、一八四四年)と味も色も悪い旨の感想を残していたりします。散々な書きぶりですが、道中日記は、後に旅をする人にとっては旅行案内の役割も果たしていたので、悪評がかえって人の興味を惹いたところもあったのではないでしょうか。図4の黄表紙では、毒を仕込む食べ物として登場しますが、味の悪さに引っ掛けたものかと想像したくなります。

図3 「東街便覧図略」
(1795序)より
名古屋市博物館蔵

図4 十返舎一九「猿番場柏餅」
(1804)より
国立国会図書館蔵
黄表紙(江戸時代の漫画)にも描かれており、猿が馬場といえば柏餅だったことがわかる。台には柏餅が並べられ、女性が菓子袋を手にしている。

 ちなみに地元では、この柏餅に関して、豊臣秀吉にちなむ逸話が伝えられています。小田原征伐に向かう途中の秀吉が、茶屋の老夫婦から振る舞われた蘇鉄の実(*3)入りの柏餅を気に入り、戦で勝利した後、「勝和餅」と呼ぶよう言ったとのこと。真偽のほどはわかりませんが、前述の評判も蘇鉄餡の柏餅を食べてのことだとすると、好みが分かれる味だったのかもしれません。
 有名でありながら、味は今一つの猿が馬場の柏餅。珍名物として、旅の思い出作りに一役買っていたことでしょう。

図5 落合芳幾「餅酒大合戦之図」(1859)より
東京都立中央図書館蔵
餅(菓子)と酒の合戦図で、「ばんばの猿太」という武将が「名物柏餅」の幟を背中に挿している。名前と猿の顔は地名からの連想。

*1 葛飾北斎は「春興五十三駄之内 白須賀」(一八〇四)に柏餅屋を描いている。
*2 「五十三次名所図会 丗四 二川 猿が馬場立場」(一八五五)
*3 蘇鉄の実は有毒だが、沖縄や奄美諸島では、毒抜きをして菓子に使った例がある。


参考
『「たべあるき東海道」展図録』豊橋市二川宿本陣資料館、二〇〇〇年。

河上 可央理(虎屋文庫 研究主任)



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