和菓子探検

ホーム > 和菓子探検(5) 菱餅をのせた鏡餅? No.217

菱餅をのせた鏡餅?

 新年を迎えるにあたって欠かせないものといえば、鏡餅です。年神様へのお供え物、あるいは稲魂(穀霊)が宿る場所などとされ、年末から新年にかけて各家庭に飾られます。
 その歴史を遡ると、古くは『源氏物語』にも登場しています。年明けに光源氏が六条院の女君たちを訪問する様子が描かれる「初音」の帖。明石の姫君の歯固の祝いに「餅鏡」、つまり鏡餅が用意されているのです。

 歯固とは、平安時代の頃より宮中で行われた行事で、正月に餅や押鮎、大根など固いものを食べて長寿を願うというものでした。歯は齢に通じ、「齢を固める」の意があったと伝わります。
  先の『源氏物語』の場面では、鏡餅に向かって願いごとを唱えたり、歌を吟じたりする人々の様子が描写されており、鏡餅が重要な存在だったことがわかります。

図1 歌川国貞「楽屋正月の図」(1863)
東京都江戸東京博物館蔵
芝居小屋の年始の楽屋風景。うしろの雛段に、座頭の中村芝翫あてに一門の人々から贈られた鏡餅が飾られている。

 さて、現在鏡餅といえば、大小の丸餅を重ね、上に橙(あるいは蜜柑)を置いたものを思い浮かべる人が多いと思います。伝統的なお飾りである譲葉や裏白、御幣、昆布などを添える家もあるでしょう。古い時代の絵図の鏡餅も概ね同様の飾り方ですが、ひとつ意外な事実も。


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図2 「年中御祝図式」(年代不明)より
吉田コレクション
紅白5枚重ねの菱餅を、三方向から、亀甲形になるようにのせる旨が書かれている。
図3 『日本風俗図絵』第5輯(1914)より 「大和耕作絵抄」(部分)」
国立国会図書館蔵
江戸時代中期の絵草子に、鏡餅を農耕の神様にお供えする様子が描かれている。

 図2は、武家の年中行事の際の行事食を解説した「年中御祝図式」(年代・作者不明)に見える「御具足鏡餅」です。室町時代以降の武家では、鏡餅は甲冑(具足)の前に飾られ、「具足餅」と呼ばれました。注連縄や海老の迫力もさることながら、驚かされるのは、菱餅がのっていることではないでしょうか。実は、今でこそ雛祭のイメージが強い菱餅ですが、古くは鏡餅にも用いられていたのです。

 これは武家に限ったことではなく、京都の菓子店・川端道喜に伝わる絵巻物「御定式御用品雛形」から、江戸時代、宮中に菱餅をのせた鏡餅が納められていたことがわかるほか、民間(図3)の事例も確認できます。丸餅と菱餅の組み合わせは、万物を二元にわける、中国伝来の陰陽思想によるものでしょう。天は円、地は角をかたどるとされるので、全体で宇宙を表現したとも考えられます。

図4 橋本周延「徳川時代貴婦人の図」(1896)
東京都江戸東京博物館蔵
明治時代に、江戸幕府の女性たちを題材に描かれたシリーズものの錦絵のひとつ。
江戸時代、将軍家や大名家などでは正月に鏡餅の贈答が行われた。
画面中央の鏡餅は、菱餅、丸餅、裏白に加え、吉祥の象徴である松を飾った豪華なもので、一際存在感を放っている。

 現在、こうした鏡餅はほとんど見られなくなりましたが、関連を思わせるのが、宮中の正月の行事食である「菱葩」です。のした丸餅の上に小豆の渋で染めた菱餅を置き、さらに白味噌、甘く煮付けた牛蒡をのせ、二つ折りにして作ります。白味噌は雑煮にちなむもの、牛蒡は歯固の押鮎の見立てとか。宮中でいつ頃から食べられるようになったのかは不明ですが、戦国時代の公家の日記『言継卿記』には既に「菱花平」の名前が見えるので、かなり古い風習と考えられます。


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図5 宝永2年(1705)「諸方御用留帳」より
虎屋黒川家文書
宝永8年に虎屋が御所にお納めした菱葩の記録。実寸大の図が描かれており、上の丸餅は直径16pもある。
図6 虎屋の「花びら餅」

 明治時代には、裏千家十一代玄々斎の求めに応じて、前述の川端道喜が菱葩を初釜の茶席の菓子として工夫し、のちには一般にも「花びら餅」(図6)として広まりました。お店により作り方はさまざまですが、中に菱餅を入れるなど、菱葩の名残を感じさせるものもあります。
 今年も鏡餅を据え、花びら餅を賞味して、よい新年のスタートを切りたいですね。

河上 可央理(虎屋文庫 研究主任)



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