ホーム > 資料に見る和菓子 第十二回 No.208
今回は、江戸〜明治時代にかけての菓子製法書をいくつかご紹介しましょう。
江戸時代になると、商業出版が盛んになり、文芸作品だけでなく、医学書や料理書といった専門書も数多く登場します。菓子の製法は『料理物語』(一六四三)や『合類日用料理抄』(一六八九)といった料理書に含まれていましたが、江戸時代中期以降、今見るような色かたちの美しい菓子が作られるようになったこともあり、専門の製法書が刊行されるようになりました。
代表的なものといえば、もっとも古い『古今名物御前菓子秘伝抄※1』(一七一八)と、『古今名物御前菓子図式※2』(一七六一)、近世菓子製法書の白眉ともいわれる『菓子話船橋※3』(一八四一)の三冊でしょう。菓子店では、職人のあいだで技術が受け継がれてきたため、江戸時代の製法や分量に関する史料はあまり多くありません。しかし、これらの製法書と、菓子の絵図を描いた見本帳などを合わせて見ることで、当時の菓子を想像することができます。
ここでは、三冊それぞれの「餡の作り方」にある砂糖の分量に注目してみましょう。『古今名物御前菓子秘伝抄』では、小豆の漉粉一升(約一.五kg)に砂糖五合(約五五〇g)と、小豆に対して砂糖はおよそ三分の一です。まだ砂糖が高価で希少だったためでしょう。しかし『古今名物御前菓子図式』になると、漉粉と砂糖が同じ量に。また、砂糖のアクの取り方など、細かな製造のコツも加えられています。そして『菓子話船橋』では、漉粉一升に対し、砂糖液が四五〇匁(約一.七kg)と、砂糖液の量が上回りました。時代が下るにつれて、現在私たちが口にしているような餡が作られるようになったことがわかります。
これらの製法書は、長期間にわたり刷られました。和菓子研究家の吉田驤齊≠ノよれば、おおよその新旧は版木の欠損の変遷などによって判断できるといい、『菓子話船橋』では、見返しが絵入りから文字のみになったほか、巻末の絵図も色や柄が変化しており、興味深いです。
このほかにも、江戸時代にはいくつか製法書が刊行されました。『東海道中膝栗毛』で有名な戯作者、十返舎一九による『餅菓子即席手製集※4』(一八〇五)は、挿絵に注目いただきたい史料です。上の絵は、カステラの製造風景を描いたもので、左下に引き釜、右にカステラ鍋が見えます。引き釜は、生地を流した鍋に上下から熱を加えるため、オーブンの代わりに使いました。当時の製造の様子がうかがえますね。
明治時代以降は、洋菓子の製法が広まりました。『作りくだもの教へくさ』(一九一二)では、挿絵にワッフルの金型が描かれ、「チョコレート於古志」や「レモン最中」といった、和洋折衷菓子も紹介されています。
これらのうちのいくつかは、インターネットで公開されており、再現菓子のレシピを掲載したウェブサイトもあります※5。現在の製法と比べてみるのも面白いかもしれません。
小野未稀(虎屋文庫 研究主事)
●鈴木晋一、松本仲子編訳注 『近世菓子製法書集成』1、2 平凡社、2003年
●虎屋文庫 『蒐める楽しみ 吉田コレクションに見る和菓子の世界』 2012年
●吉田驤黶@「江戸時代の菓子製法書の版刷について」 (『和菓子』19号、虎屋、2012年)
※1 新日本古典籍総合データベース(味の素食の文化センター所蔵)
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100249376/viewer/1
※2 新日本古典籍総合データベース(富山市立図書館 山田孝雄文庫所蔵)
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100267541/viewer/1
※3 新日本古典籍総合データベース(国文学研究資料館所蔵)
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/200021644/viewer/1
※4 新日本古典籍総合データベース(味の素食の文化センター所蔵)
http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100249416/viewer/1
※5 『江戸料理レシピデータセット』(CODH作成)
http://codh.rois.ac.jp/edo-cooking/
昭和48年(1973)に創設された、株式会社虎屋の資料室。虎屋歴代の古文書や古器物を収蔵するほか、和菓子に関する資料収集、調査研究を行い、機関誌『和菓子』の発行や展示の開催を通して、和菓子情報を発信しています。資料の閲覧機能はありませんが、お客様からのご質問にはできるだけお応えしています。HPで歴史上の人物と和菓子のコラムを連載中。
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