チョコレートは1520年頃、スペイン人エルナン・コルテスがメキシコを進軍中にカカオに出合い、本国に伝えたのがヨーロッパでの普及の始まりといわれています。
コルテスらが味わったのは、現地の言葉でカカワトル(カカオ)と呼ばれる実をすりつぶして粉にしたものを水で溶いた飲み物で、私たち日本人がココアと呼ぶものに似ているようです。実際、チョコレートとココアは兄弟のようなもので、カカオの種を炒って粉砕したもの(ココア・ニブス)がチョコレートの原料となり、脂肪分を除いて飲みやすくしたものがココアですが、この区別は国によって違い、ヨーロッパでは香味料の有無で区別しています。
ともあれ、19世紀までチョコレートは飲み物で、ココアは1828年にオランダのヴァン・ホーテンがカカオバターの抽出に成功して発明され、固形のチョコレートは1847年にイギリスで発明されました。
詩人ゲーテ(1749-1832)は晩年、若い恋人にチョコレートを贈った時、「お好きな方法で召し上がれ。飲み物ではなく、おいしいお菓子にして」という詩を添えたということですが、この頃、チョコレートが飲み物とお菓子、つまり日本で言うココアとチョコレートの2通りの形で楽しめるようになったことがわかります。
チョコレートには砂糖、ミルク、スパイス類が加えられて、やがて世界中で菓子の王様(あるいは女王様)と称されるほどに愛されるようになりました。
日本人で初めて固形のチョコレートを食べた記録は1871〜1873年(明治4〜6年)に使節団としてヨーロッパに渡った岩倉具視、大久保利通、津田梅子らだと言われています。
1877年(明治10年)には、国内でも米津風月堂がチョコレートの加工・販売を始め、翌年の新聞広告には「貯古齢糖」という、長寿にあやかれそうな当て字で書かれています。
実際、チョコレートの特徴は栄養価にあり、脂肪分と糖分のエネルギーが高く、また、チョコレートに含まれているテオブロミンは穏やかな興奮剤であり、手っ取り早い疲労回復剤として航空糧食や登山などの非常食として早くから用いられてきました。
チョコレートは香味料などで味とフレーバーを変化させるだけでなく、形や色などもわりにたやすく変化させることができるのも特徴で、専門店や菓子店のショーケースを華やかに彩ります。また、菓子のフレーバーとしても多彩に使われ、和菓子に使われることも珍しくなくなってきました。
1737年、有名な博物学者リンネは、カカオの木に「テオブロマ・カカオ」という学名をつけました。「テオブロマ」はギリシャ語で「神の食物」という意味だということです。
食文化研究者。大阪大学理学部化学科卒業、理学博士。ウスター実験生物学研究所(米・マサチューセッツ州)研究員、武庫川女子大学教授、同大学大学院教授を歴任。著書に『味の文化史』(朝日新聞社)、『食の文化史』(中央公論新社)、『パンと麺と日本人』(集英社)、『世界の食文化』(共編/農山漁村文化協会)ほか多数。