かれこれ10年ほど前、NHKの大河ドラマ「信長」関連の取材で岐阜を訪ねたことがある。そのとき、街を歩いていて、1軒の和菓子屋さんの前を通りかかり、なんとも古風で好もしい店構えに惹かれるまま、思わず足を踏み入れた。それが「登り鮎」で有名な玉井屋本舗であった。
岐阜は織田信長の本拠地であったことはよく知られているが、江戸時代になっても、この地の商業は尾張徳川家によって保護されたために、どこかゆとりのある町の風情がはぐくまれた。
そういう岐阜の観光は、清流長良川と鮎、鵜飼の夜に長良川温泉の宿が屋形船を出すという、都雅な風物詩の世界である。鮎をかたどった和菓子もそのひとつ。
玉井屋本舗の「登り鮎」の装いは2種類。包装紙はどちらも同じ、淡い藤色と白の流水模様のなかに、無数の泳ぐ鮎が代赭色と若緑で表された、明るく、清々しい絵柄である。
ひとつは包装紙をはずすと、箱の蓋に和紙風の厚紙を表面3分の1ほどのところにタテに折り込みをつけて、きっちりとかぶせ、その折り目にお菓子の「登り鮎」をかたどった栞がはさんであった。厚紙に描かれた緑の流水と、栞の濃いカステラ色が実によく合う。
もうひとつは、杉材で作った変わった形の器に、本物の葦のスダレで蓋をし、鵜篝をあしらった掛け紙をした上から、これも本物の細縄を十字にかけ、栞と水引きをはさむという豪華なもの。この杉の器は、鵜飼のときに鵜が獲った鮎を受ける道具で、モロブタと呼ばれる道具をかたどったものであるという。
「登り鮎」は、カステラ生地で求肥を包み、鮎をかたどった焼菓子だが、目と口と鰓が焼きゴテかなにかで、ちょんちょんとつけてあるのがかわいい。口に入れるときにカステラのいい香りがして、このお菓子を食べるたびに、鮎の別名「香魚」を思い出す。
玉井屋本舗は明治41年(1908)創業。「登り鮎」のほかにも、「やき鮎」、「利久松風」などの銘菓がある。
文/大森 周
写真/太田耕治
岐阜市湊町42
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